『量子革命』 / マンジットクマール
★ × 93
内容(「BOOK」データベースより)
20世紀に生まれた量子論は、ニュートン以来の古典的な世界像をいかにして一変させたのか?ノーベル賞受賞者たちの人間ドラマとその思考の軌跡を、舌を巻く物語術で描き切った驚異のポピュラー・サイエンス。量子の謎に挑んだ天才物理学者たちの100年史。
『フェルマーの最終定理 - bookworm's digest』『暗号解読<下> (1) - bookworm's digest』などで、著者サイモンシンさんの唯一無二さを知ったと同時に、青木薫さんという、数学なぞ難解な分野でまさかの心躍らせてくれる訳を与えてくれる訳者さんも知り、一時期数学ロマンに精神ヤられた私ですが、
久々にどっぷり浸かりたいと思い、同じく青木薫さん訳である本書を手に取りました。
量子力学、
学部の授業で基礎的な知識は学んだものの、本質を知るまでには至らず、結局は教えられた方程式を解いて何とか単位を取れた記憶しかないこの分野、
けれど時たま聞こえてくるこの理解しがたい世界(シュレーディンガーの猫 - Wikipedia なんて厨二の賜物)が青木薫さんにかかれば果たしてどうなるかと期待して読みましたが、
やっぱサイコー!!!ノンフィクションなのにエンタメすぎ!!!!
本作は、過去長年に渡って完全な理論として君臨していた古典力学が、量子の世界では成り立たないという事実の発覚から、「量子力学」という1つの分野に立つまでの偉人たちの苦悩を描いたノンフィクション。
古典力学とは、学生時代誰もが習った「慣性の法則」「運動方程式」など、物体の速度や位置や運動量が一意に決まるという、あのニュートン様が打ち立てた絶対的な法則などを指します。
普段生きてて目にするものは全てこれに則ってますし、だから野球選手はフライをキャッチできるし、私は自転車を転ばずに運転できる。
ただし量子の世界、原子よりも小さい宇宙においてはこれが成り立たない。
例えばある時刻に秒速 1m/s で動く物質は、1秒後に 1m 進んでいるハズですが、
量子は違います。1秒後にどこにいるかは誰も分からないし、かと言って1秒後に 1m 進んだところにいる可能性もある。
という、もう一休さんの屁理屈のような世界で非常にキャッチーなんですが、ちょっと数式を覗くともうお手上げ、ザックリ言うとそんな分野と思います。
この分野が生まれる時に活躍した偉人として、教科書でも習ったようなシュレディンガー、ディラック、パウリ、ハイゼンベルク、ボルンといった錚々たる若手(そう、当時みんな24歳とかなんですよね、、まずそのことにおじさん驚きでした)たちが、瞬間移動し続ける量子に翻弄されながらも、観測と思考実験を繰り返して真実を見出して行く様が、序盤から中盤にかけてタップリと解説されています。
中身が非常に濃く、はっきり言ってかなり疲れるのですが、時折現れる青木薫さんの
時間と空間は堅い枠組みであり終わりのない舞台
ニュートンの宇宙は完全なる決定論の世界であり、そこに偶然の出る幕は無い
などといったかっこよすぎる表現に何度もヤられながらなんとか読み進めているうち、
後半、「不確定性原理」という、想像の斜め上を行く理論が浮上したのち、古典物理学から量子力学へにわかに倒れ出していくスピード感は圧巻!!
不確定性原理は簡単に言うと、
「量子の世界は目に見えてるものがすべて。それ以外は知らない。」
という何とも投げやりな原理。
つまり科学者たちがスーパー分解能の測定機器をふんだんに使ったとしても、観測と観測の狭間には人間には見ていない世界があり、そこでの量子の振る舞いは神のみぞ知るというもの。
量子は波(連続的なもの)でも粒(離散的なもの)のどちらか一方のみの性質ではなく、どちらの性質も以って初めて完成するという、
数学でいう「解: 解なし」と言った肩透かしを、絶対論として信じられていた物理学の世界でも打ち立てたのが、この量子力学です。
んで後半、知の巨人たちが一堂に会した「コペンハーゲン解釈」と呼ばれる会議が本作のハイライト。
ここでは、前述のスーパーエリートたちの更に頂点に君臨する、ボーアとアインシュタインの対決が描かれています。
ボーアとは量子力学のいわゆる番長で、基礎を作り上げた量子界のドン。
一方アインシュタインは言わずもがな、相対性理論という、これまた物理の常識を根底から覆す理論を打ち立てた天才中の天才。
会議ではボーアの量子論に対し、アインシュタインがその矛盾を突く思考実験をぶつけ、それに対しボーアが再び量子論で打ち砕くという、知と知のぶつかり合いが幾度となく描かれています。
正直一般的には舌を出すアインシュタインの無邪気な写真が先行していますし、ボーアよりも知名度が高いですが、そのアインシュタインを両手広げて全力で迎え撃ち、自分が打ち立てた量子論で以って最終的に制止続けるという姿がカッコよすぎるし、
アインシュタインの、既に富も名声も得た科学者が、何度も説き伏せられながらも、負けず嫌いの子どものように再び別の視点から立ち向かって行く姿がカッコよすぎるし、
この2人の闘いもずっと見ていたいという、アクション映画鑑賞中みたいな気持ちになりました。(あ、議論自体は難解すぎて半分も理解できませんでしたが笑)
1つの学問が生まれる過程でこんなにも知の巨人たちがぶつかり合い、苦悩し合ってこの世の真実を暴いていくというのは、量子力学に限らず様々は分野で行われてきたイニシエーションなんでしょう。
事実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、小説家がどんなに奇をてらった展開を思いついたとしても、ノンフィクションを越えてこないということをまざまざと思い知らされました。
理系の方、そして興味のない文系の方も理解しがたいなりに読んで欲しい超エンタメ作品でした!