- 作者: 吉田修一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/11
- メディア: 文庫
- クリック: 12回
- この商品を含むブログ (35件) を見る
『さよなら渓谷』 / 吉田修一
★ × 88
内容(「BOOK」データベースより)
緑豊かな桂川渓谷で起こった、幼児殺害事件。実母の立花里美が容疑者に浮かぶや、全国の好奇の視線が、人気ない市営住宅に注がれた。そんな中、現場取材を続ける週刊誌記者の渡辺は、里美の隣家に妻とふたりで暮らす尾崎俊介が、ある重大事件に関与した事実をつかむ。そして、悲劇は新たな闇へと開かれた。呪わしい過去が結んだ男女の罪と償いを通して、極限の愛を問う渾身の長編。
ここのところ映画化された作品が続きますが、こちらは昨年度大絶賛された真木よう子主演『さよなら渓谷』の原作。
著者は『悪人』『パレード』『横道世之介』など、映画化された作品を数多く世に出してきた吉田修一さんです。
一組の夫婦にまつわる物語。
ある団地で幼いこどもが殺される事件が発生し、その子の母親が殺人容疑で逮捕される。
その母親の隣に住んでいた主人公俊介とかなこは、たむろするマスコミを厄介に感じる第三者であったが、
逮捕された母親が「俊介と大人の関係を持った」と供述したことで世間の目は俊介に向けられる。
更に、俊介の妻であるかなこは取材に対し「俊介と母親は肉体関係にあった」とうその供述、俊介は殺人犯の疑いで逮捕されー…
というミステリー調の流れの中で、断片的に描かれるのは俊介の過去。
学生時代、「夏美」という一人の女学生を集団でレイプした経歴を持つ俊介、そして時折挟まれる、かなこに対する彼の性的描写が相俟って、この二人の歪な関係性が浮き彫りになってゆきます。
もう映画の予告ではバンバン出てるので言っちゃいますが、実はこの「かなこ」こそ、過去に俊介にレイプされた被害者である「夏美」なんです。
つまりレイプ事件の被害者と加害者がひとつ屋根の下過ごしているんです。
興味深いのは無論この設定ですが、加えて著者がこの歪んだ愛をどう正当化していくか、どう読者を納得させるか、そこに結構な労力を感じるところです。
中盤まで読んではっきりと、あぁこれは最後「真実の愛の形!」とか言ってお茶を濁すような小説でないことは確信しました。
けれど果たしてこの異常な関係性を収束させられるか、そこが非常に気になったのですが、終盤のかなこの告白がこの物語をくっきり輪郭付けるための説得力ある、素晴らしい台詞だったと思います。
加害者と何故共に過ごしていたのか、そこにスポットが当たったとき、ミステリーが恋愛小説に化ける瞬間が見えるよう。
今まで読んだ吉田作品の中で一番良かったかもしれない。
かつて私が今より頻繁に小説を摂取していたとき、三浦しをんさん、乙一さん、新堂冬樹さんのように、ダークサイドを使い分けることのできる作家がいることを知りましたが、「あえて」二刀流で挑んでいる、というような印象を受けました。
吉田さんも同じく『悪人』『パレード』といったダークサイドを持つ作家で、本作も然りですが、
吉田さんの場合使い分けているというより、ダークが滲み出てしまっている、そんな感じがします。笑
逆に言えば表側である『パークライフ』『横道世之介』は、真っ白に成りきれない、どこか渇いた印象を受けてしまう。
これまではそのファジーな印象でどこか好きになれない部分がありましたが、本作はこの渇きの表現とダークな構成が見事にマッチしてるなぁ、と感じました。
売れてる作品は何だかんだ面白い