『謝るなら、いつでもおいで』 / 川名壮志
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内容(「BOOK」データベースより) 友だちを殺めたのは、11歳の少女。被害者の父親は、新聞社の支局長。僕は、駆け出し記者だった―。世間を震撼させた「佐世保小6同級生殺害事件」から10年。―新聞には書けなかった実話。第十一回開高健ノンフィクション賞最終候補作を大幅に加筆修正。
佐世保で起こった小6同級生殺人事件。
第一部では事件発生時から約100日間の、被害者や加害者の関係者、学校、そして群がるマスメディアの動き、更には加害者が当時11歳という触法少年(14歳以下。刑事処罰非対象)であったことから揺れた社会全体について、記者の主観寄りで描かれています。
対して第二部には、年月を経てもなお事件を追う著者が、被害者の父親、加害者の父親、そして被害者の兄を訪問した際の3人の対話内容がそれぞれ描かれています。
読みながら感じたのは見たくないものを見た時の恐怖心、
けれど記者である著者の文章力と、被害者の父である上司を間近で見てきたという臨場感に駆られて、一気に読みきりました。
面白いという表現は語弊ありますが、本でしか味わえない様々な感情を味わいました。
事件詳細についてはwiki参照にさせていただいて、以下は事件をよく知らなかった私が今回本書を読んだレビューを記します。
前述の通り、本事件は少年法すら適用されない、11歳の少女が同級生を殺意を持って殺害したというセンセーショナルな謳い文句で祭り上げられたもの。
故に家庭環境や学校環境の僅かな綻びを拡大解釈して、「こういう理由だったから少女達は歪んだのだ」と結論付けた報道しか一市民は知ることができません。
けれど本書を読めば、事件を目の当たりにした著者や被害者・加害者の家族ですら、「なぜ?」の部分が一切わからないままであるということがよく分かります。
特に被害者の父親は加害者の同級生のことをよく知っており、多少の諍いはあったかもしれないがまさかあの子が殺人に及ぶなんてことは、事件から10年経った今も未だ信じられないと第二部で語られています。
第一部では、加害者をよく知っていたからこそ悲しみと憤りの矛先をどこにも向けられない父親や著者のやるせなさが文章から伝わってきて、胸が苦しくなりました。
んで、読み始めてしばらくしてから気になり始めたのは、タイトルである「謝るなら、いつでもおいで。」、この言葉は一体何を意味するのかということ。
第二部で被害者の父親の独白に入ったので、初めはタイトルの言葉が、事件から数年後に父親が加害者に対して抱いた感情であるのかなと思いました。
けれど違った。父親の独白に出てくるのは寧ろ、被害者の父だけでなく記者の立場としてもマスコミの前に立ち受け答えしていた当初よりも、娘が殺されて生まれた欠落によって苦しめられている姿でした。
子ども同士で「こんなやつは大嫌い。いなくなっちゃえ」と思うのは、それ自体は全然、普通のことっていうかさ。でも、そこから突き進まないような安全弁を普通はみんな持ってるんだよ。でも、あの子の場合はなかった。
あの子とあの子の家族はやり直しができるんですよね。でも、僕のところはやり直しができない。失ったまま。それはわかってくれと。
数年経っても何も解決していないし、かと言って加害者が苦しんだり、謝られたりするのも違う。
遺族として答えを見出すことは決してできない、という迷いや葛藤が描かれています。
ならばタイトルは一体。
これは被害者の父親でなく、
事件当時14歳で第二部で24歳となった「被害者の兄」が語った言葉でした。
彼は事件当日から心を閉ざし、父親を初め周囲の人間には一切が読めなかった。
けれど彼自身は当時のことをこう語っています。
同級生に臨床心理士がついてケアをしていたのは知ってましたけど、なぜか僕にはいなかった。静観してたんでしょうね。でも、僕だって平静を装っているだけで、おかしくならないわけないですよ。彼も心から苦しんでいた、けれど生気を失った姿を見て、何よりもまず自分は心を保たなきゃという思いが強かった。
兄の独白は終盤に出てくるのですが、わずか14歳の少年がこんな思いで妹の死に対峙していたと分かり、胸が締め付けられました。
そして24歳となった今、彼の思いは「遺族と加害者、お互い忘れてはいけないし、かと言って密接になるでもない、
とにかく普通に生きて欲しい、お互い。」という境地、そして
謝るなら、いつでもおいで。と言っています。
本書が世に出た意義はいろんなところにあると思います。
偏向報道へのアンチテーゼ、法律の穴に達した時の社会の動き、報道されない加害者の家族としての生き方、
伝わる思いは様々ですが、個人的には第二部最後の被害者の兄が語った思い、この文章に事件とは無関係な我々が考えなければならないことが詰まっているような気がしました。
決して万人にはおススメしませんが、ワイドショーを観ている時間を本書の読書に当てていただきたいと思います。