『ロスト・ケア』 / 葉真中顕
★ × 90
内容(「BOOK」データベースより)
社会の中でもがき苦しむ人々の絶望を抉り出す、魂を揺さぶるミステリー小説の傑作に、驚きと感嘆の声。人間の尊厳、真の善と悪を、今をいきるあなたに問う。第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
年末になると今年のベストを友人何人かから聞き、いつも読書熱が燃え上がったまま年を越すのですが、オススメされた中の一冊が本作。
おそらく2015年最後に読み切った本となるのがこちらでした、初の作家。
二日くらいで一気に読みました、いやぁ面白かった…
43人もの人間を殺した前代未聞の殺人事件を追うフィクションもの。
現代日本の超高齢社会システムにおける穴を突いた、見事な社会派ミステリーでした。結構なネタバレがありますがご了承ください。
複数の人物視点から事件が語られる構成。
人物は介護センターの職員、検察官、介護者などであり、一見無相関な関係図からスタートし、「高齢者介護」を軸にしながらじわじわと人間模様が複雑に絡んでいきます。
事件の中心にいる「彼(犯人)」は、痴呆となり介護側の家族から疎まれている高齢者を対象にニコチンによる毒殺を繰り返すものの、自然死する年齢に近い高齢者たちの司法解剖は行われないという穴を突くことで、数年に渡る彼の犯行は一切明るみに出てきません。
ただ、中盤にこの完全犯罪を解く過程、まずここに本作のハイライトが一つありました。
検察側は穴のないこの犯行を、ポアソン分布などの統計手法による比較的平易な分析で暴いていくのですが、数ページ程度のこの種明かしがとても分かりやすく面白かった。
社会的評価を得ている名作ミステリーって大概見たこともないトリックや発想に驚きがありますが、とても単純なのに納得がいく方が地味にすげえと本作で実感。
あとハイライトのふたつ目、これも決して押し付けがましくない、けれど静かにビックリ仰天のミスリード。
途中から、「彼」の存在が徐々に見え隠れした辺りで読んでる側としても予想しながら読むのですが、1度「あぁ〜、お前か」と腑に落ちた後、「‥えっ!?お前か!」と二度見させられます。笑
これも文章力の為せる技ですが、好感が持てるのが、別にこのミスリードを大々的に取り上げたり、「どうだ俺の巧みさは!」と自己顕示欲を誇示していない所。
個人的にはかなりビックリしたのですが、物語の核はココにもないんですね。
なら著者の主張は一体なんなのか。
それが本作3つ目のハイライト、「死」「介護」という、生きる上で避けては通れない行為について世の中でまかり通っている論へのアンチテーゼ。
登場人物の中に羽田という、母親の介護に苦しむシングルマザーが出てきますが、彼女の母親も同様、「彼」に毒殺されます。
「彼」は逮捕後、数年をかけて死刑という判決を下されますが、その裁判に出ていた羽田の心情描写で「彼に救われた人もいるのではないだろうか」と書かれています。
ここに、著者の主張が詰まっているように思いました。
呆けた親を介護し、金も時間も子育ても全て母親の世話によってズタズタになった家庭が、母親の死によって上手く回り出した羽田。
このトリガーをかけたのは「彼」であり、その彼を戦後最大の連続殺人事件の冷酷な犯人として仕立て上げられたにも関わらず、遺族がホッとしているというこの矛盾が、正に今と今後の超高齢化社会への警鐘となっている。
ではどうすればいいかという解決策までは至っていない点はミステリーとして仕方ないと思いますが、ここまで考えさせ、且つハイライト1, 2の点でエンターテイメント性を維持している稀有な作品!
年の瀬にまた良い小説を読みました。皆様良いお年を!!