『甘美なる作戦』 / イアンマキューアン
★ × 92
内容(「BOOK」データベースより)
英国国教会主教の娘として生まれたセリーナは、ケンブリッジ大学の数学科に進むが、成績はいまひとつ。大好きな小説を読みふける学生時代を過ごし、やがて恋仲になった教授に導かれるように、諜報機関に入所する。当初は地味な事務仕事を担当していた彼女に、ある日意外な指令が下る。スウィート・トゥース作戦―文化工作のために作家を支援するというのが彼女の任務だった。素姓を偽って作家に接近した彼女は、いつしか彼と愛し合うようになる。だが、ついに彼女の正体が露見する日が訪れた―。諜報機関をめぐる実在の出来事や、著者自身の過去の作品をも織り込みながら展開する、ユニークで野心的な恋愛小説。
本を読み始めて数ページで「あぁ〜これはハマりそうだな」と感じる瞬間はたまにしかありませんし、それは序盤に食い付く即効性があったからというよりも、その時の私の状況(場所や時間帯や精神状態)によるところが大きいですが、本書は訳書にも関わらず、読み始めてすぐにこれは好きだなぁ〜とじわじわ感じることができました。
荻上チキさんのラジオで紹介されていた、原著タイトル『sweet tooth』という何ともオシャレな小説、いやぁ面白かった!!
主人公セリーナは、「MI5」というイギリスの保安局に就職し、低賃金で地味な事務仕事ながら諜報機関(要はスパイ)に携わる女性。
(# 調べたところ、MI5は世界でアメリカのCIAに次ぐ巨大組織っぽい)
彼女に与えられた業務は「文化工作」、ある小説家に接近し、資金援助を行いながら、何気無い言葉の誘導で共産勢力の抑止力として育成させるという、スパイとは言えトムクルーズ様のように水槽を爆破させたりダクトからケーブルで吊るされもしない、何とも回りくどく地味なお仕事です。(タイトルの「スウィート(甘い)」もここに由来します)
セリーナ自身もちょっと美人というだけで何の変哲も無い女性、何となく進んだ大学の数学科で成績も良くなければ家族とも上手く行っていない、ベクトルは違えど絶対値としてのスコアは津村記久子さんの描く人物くらい。
そう、まずこの小説の面白いのは、MI5という如何様にも面白く展開可能な巨大組織を扱っているにも関わらず、展開の肝はセリーナはじめあまり尊敬できない器の小さめな登場人物ばかり出てきて、結局月9のような恋愛模様でごちゃごちゃしているというそのアンバランスさにあります。笑
構成は前半にセリーナの学生時代、中盤以降に就職以後が描かれており、
学生時代のセリーナは教授と恋に落ちるものの、よくある些細な食い違いにより破局、数年後教授は亡くなります。
MI5でのセリーナはスパイの作戦対象となった小説家と恋に落ちるという、これまたありがちな展開。
スリリングであるはずの文化工作の裏で繰り広げられる妬み嫉みの人間模様、これがあるので単なるスパイ作品としてトリップも出来ず、何なんだろうなこの小説、、とモヤモヤリーディングが続いたのですが、
不思議なものでセリーナ、そしてスパイ対象のトム、二人を妬む男マックスの感情に気づけば揺り動かされ、クライマックスには思わず胸が詰まってしまうまでに至りました(訳書で泣きそうになったのは初めてかもしれない)。
なんというか、、上手く言えませんが、登場人物が庶民でちまちましているからこそ、大きな力に振り回される登場人物に感情移入しやすいのだろうと思いました。
あとこれ、最後トムからセリーナに宛てた手紙の中で、きちんとドンデン返ししてくるんですよね。ここでスパイ小説宜しくオチをドン!て感じで。
二人の恋はスパイと被対象の制約で当然上手くいきませんが、その中でトムなりに出した結論、一言で言えば「双方向でスパイし合いませんか?」、これが何とも感動的でスッと入ってくる。
これに対するセリーナの回答は描かれないまま終わってしまいますが、この読後感を引きずる感じも非常に素晴らしかったです。
分量は多めですがサクサク読めるので、男女問わず是非読んでみてほしい作品でした!