『悪と仮面のルール』 / 中村文則
★ × 93
内容(「BOOK」データベースより)
邪の家系を断ちきり、少女を守るために。少年は父の殺害を決意する。大人になった彼は、顔を変え、他人の身分を手に入れて、再び動き出す。すべては彼女の幸せだけを願って。同じ頃街ではテロ組織による連続殺人事件が発生していた。そして彼の前に過去の事件を追う刑事が現れる。本質的な悪、その連鎖とは。
『去年の冬、きみと別れ - bookworm's digest』以来の中村文則さん。
2015年に著者の知名度を一気に上げることとなり、いろんな人からオススメを受けた『教団X』を先週ようやく購入しましたが、
ここ最近積読が重なったのと、あの分量を読み切るだけの心構えがまだ私に足りてないという理由で、ひとまず未読であった本作を緩衝材として挟むことにしました。
、、、が、本作、そんな生ぬるい私の心を吹っ飛ばす衝撃で、そしてめっちゃめちゃ良かった、、
個人的には著者を知るきっかけとなった『何もかも憂鬱な夜に(2013/3/22投稿) - bookworm's digest』に次ぐ作品。やっぱ「死」の描き方が唯一無二だなぁと再認しました。
本作は、歪んだ感情を持つ父親を幼い頃に殺した経歴を持つ、久喜文宏という男が主人公。
文宏が父親を殺した理由は、久喜家に預けられていた同い年の香織が、父親から近親相姦を受けていることに耐えられなかったから。
文宏は幼いながらも知恵を絞り、父親を自殺に見せかけることで罪に問われることなく大人になっていきます。
しかし「殺人を犯した」という事実は、大人になり、更に整形により別の人間に成り切ったとは言え、常に文宏の意識に根付いたまま、文宏もまた父親同様歪んだ人生を歩んでいきます。
物語はそんな文宏が、再び香織と対面する過程で事件に巻き込まれていき、またも香織を守るために悪に手を染めていく展開となってゆきます。
展開自体は、思い切って言っちゃえば「ピーチ姫を助けるためにクッパと戦うマリオ」なのですが、
私が何よりも感銘を受けたのは『何もかも憂鬱な〜』を読んだとき同様、著者が物語を通じて「死とは何か?」「なぜ人を殺してはいけないのか?」というタブー的な問いにとことん向き合っているところです。
本作で言えば、大人になった文宏がテロ集団の1人である男と部屋で対峙し、殺人について議論するシーン。
かなり長いのでとびとび引用します)
なんでやっちゃあいけないのかは、多分、お前が今後生きていくからだよ。人間を殺せば、その人間は、その後の美しいものとか、温かいものとかを、真っ白の感情で受け止めることができなくなる。
それに、生物は、同種を殺さないように基本的につくられているんだ。もちろん、そんなことは平気だという奴もいるよ。でもそういう奴らは、弱いんだ。同じ種類の命を破壊した衝撃に耐えることができずに、無意識のうちに、自分の感覚を封じ込めているだけなんだよ。
本物のモンスターは、そんなことはしない。社会の裏を駆け上がって、相当の地位から平然と陰鬱な悪を振りかざすよ。
人間を殺した衝撃を、無意識に精神のどこかに封じ込めずにちゃんと受け止めたとき、人間は確かに誤作動を起こすよ。
以上は文宏のセリフですが、彼自身そうはいいつつも香織を守るために殺人を犯し、自分自身の言葉に自信を持てないまま、テロリストたちと交わっていく。
このあたりの主人公のジレンマ、最後の最後まで繰り返される問答は読んでいて時折苦しいのですが、それは同時に著者である中村さんが苦しみながらも書きぬいたことが伝わってきて、大げさでもなんでもなく命を賭して作品を作り上げてるんだなぁ、、としみじみ思いました。
あと、終盤に文宏の兄が出てくるのですが、作中に数多く出てくる「イッテる奴」の中でも兄は飛び抜けていて、彼の主張するなぜ人間は戦争に至るのか?は、ぐうの音も出ないような、法哲学の授業でも受けているかのような正論を振りかざしています。
もちろん100%悪いことであると暗黙のルールになっていますが、いざ「なぜ悪いことなのか?」を問われたときに応えられない、中村さんはそんな不十分な議論にとことん向き合って答えを出そうとしている。
その姿勢にやっぱ惹かれます。こうなると『教団X』が楽しみで仕方ない
ある種ロジカルシンキング本で、且つエンタメ要素も随所に散りばめられて小説として完結している素晴らしい作品でした。暗いですが激プッシュ!!