『七帝柔道記』 / 増田俊也
★ × 96
内容(「BOOK」データベースより)
「七帝柔道」という寝技中心の柔道に憧れ、二浪の末、北海道大学に入学した。しかし、柔道部はかつて誇った栄光から遠ざかり、大会でも最下位を続けるどん底の状態だった。他の一般学生が恋に趣味に大学生活を満喫するなか、ひたすら寝技だけをこなす毎日。偏差値だけで生きてきた頭でっかちの少年たちが、プライドをずたずたに破壊され、「強さ」という新たな世界で己の限界に挑んでいく。悩み、苦しみ、悲しみ、泣き、そして笑う。唯一の支えは、共に闘う仲間たちだった。地獄のような極限の練習に耐えながら、少年たちは少しずつ青年へと成長していく―。
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で、汗水流す男の様をこれでもかと描き、読むたびに気持ちを高ぶらせてくれる増田俊也さん、
戦う男をこんなにも魅力的に描く表現者を私は他に知りませんが、増田さんの北大柔道部時代を自伝的に描いた本書を読んで、私の中でますますその存在はオンリーワンになりました。
ホントにホントに素晴らしい作品でした、2016年ベスト!!
あらすじは至極単純、北大柔道部に憧れて入部した増田さんが、部員たちと切磋琢磨しながら強い柔道家を目指すもの。
その中でキーとなるのが、タイトルにもある通り「七帝柔道」と呼ばれる、今も脈々と受け継がれている伝統の試合。
これは増田さんの他著書でも触れられているものですが、簡単に言うと「参ったのない柔道団体戦」。
七帝戦は15人の抜き試合だ。抜き勝負とも呼ばれる。例えば先鋒で出た選手が勝てばその選手が試合場に残って相手校の二人目の選手と戦う。それにも勝てば三人目の選手と戦う。そうやって、勝った人間は自分が負けるまで、次々と相手校の選手と順番に戦っていく。
つまり極端に強い相手が先鋒に出れば、ひとりで全員を倒してチームを勝ちに導くことも不可能ではない。
そして、我々がテレビで観る、それこそリオオリンピックで観たような柔道と大きく異なるのが、参ったも場外も有効も効果も技ありも注意もなく、全て「一本」或いは「30秒の抑え込み」、そして「失神」のみでの決着となり、それ以外は引き分けであるということ。
「参ったがない」、それ即ち腕や首を極められていてもタップアウトできず、肋骨や腕を折られても試合は止まらず、落ちる(意識を失う)ことでようやく審判が肩を叩くという、安全・安心神話を目指すここニッポンの今とまるで逆行したルールになっています。
本書はそんな、初期PRIDEも追いつけないようなルールで行う七帝柔道に魅せられた増田さんたちの物語。
増田さんが入部後に味わうのは、「カメ」という、寝て抑え込まれないように、ひたすら自らを守る術。
どんな強い相手でも引き分けにさえ持ち込めば次の相手に遷移することから、七帝柔道において非常に重要な戦法であり、明けても暮れても1年目はこれをひたすらやらされ続けます。
けれど先輩部員は容赦なく後輩たちを落としに、要するに力づくでカメを解いて失神させてくる。
本書ではブラックアウトの恐怖について再三書かれていますが、UFCなんかでもたまに観る「人が落ちる瞬間」、それは観ているだけで肝が冷えますが、落とされるとわかっていて毎日練習に向かうその恐怖たるや想像もつかず、前半は「なぜこんな部を続けているんだ、、」とひたすら恐ろしかったです。
(恐ろしいといえば「カンノヨウセイ」という行事についてもかなり震えました、、長くなるので書きませんが、、)
けれど、そんな地獄の日々の合間に描かれる、同期や先輩とのやりとり、そして試合の描写にもう完全にやられてしまいました。
特に前半、1年目の増田さんが初めて観た七帝柔道で、憧れの先輩たちが強豪校に負け涙するシーンは、その時点でまだ半分も読んでないにも関わらず感情移入が過ぎて、悔しくて悔しくて引きずるほどでした(電車で読んでいたのですが、降りてからもしばらく頭グルグルでした笑)。
辛い日々と仲間、これはよくある構図ですが(それこそ、レイヤーは違えど『ROOKIES』とかもそうですが)、増田さんは本当に「戦う男」を描く力があり過ぎるので、こんな単純な構図でも感動させられてしまいます。
また、これがノンフィクションであるということも尚乗っかっています。
フィクションだと、負けた悔しさを胸に次年度、リベンジして大団円を迎え終わりそうですが、
終盤に描かれる、増田さんにとっては2回目の七帝柔道、ここでも北大は敗れてしまいます(それどころか増田さん、怪我で出場していません)。
だから、七帝柔道に関する本書を読んだ感情は「ただただ悔しい」。勝ってハッピー、そんな白黒ついた状態でないところが何とも歯がゆいです。
けれど、七帝柔道を軸に繰り広げられたこの壮大なノンフィクション、それ自体には本当に感動させられました。
はじめにも書いた、「なぜこんな部を続けているんだ」という疑問、それに対するアンサーが終盤にポツポツ出てきますが、私が個人的に感銘を受けたのが、入院中の増田さんが考えたことでした。
学問だってスポーツだって同じだ、他のあらゆることだって同じだ。たまたま与えられた環境や、天から貰った才能なんて誇るものでもなんでもない。大切なのは、いま目の前にあることに真摯に向き合うことなのだ。自分が今持ってるもので真摯に向き合うことなのだ。
あの地獄の日々を耐え抜いてきた増田さんにこんなこと言われると説得力しかない!もう、仕事疲れたなんて言ってゴメンナサイと北海道に向かってジャンピング土下座したい程!
それ程、終盤のこの言葉は胸に響きました。
男臭い内容(とタイトルと装丁)に見えがちですが、老若男女・理系文系・体育会系文科系、問わず誰もが胸打たれる素晴らしいノンフィクションと思います。
ぜひぜひみなさん読んでください!!ここ最近でダントツの激プッシュ!!