『i(アイ)』 / 西加奈子
★ × 95
内容(「BOOK」データベースより)
「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!
2014年の年の瀬に著者の『サラバ!下 - bookworm's digest』を読んで、あの時点での西加奈子さんのすべてを見た気がして、どういうわけかお腹いっぱいになって、そのあと出た『まく子』は未読なのですが、
本屋で見かけた本書、『サラバ!』に近い装丁、又吉と中村文則さんといういつもの帯に惹かれて買いまして、本日読み終えました。
やはりすごい、、西加奈子さん、ホント後世に名を残す、行くとこまで行った作家になったんだなぁと思いました。
「アイ」という、アメリカ人の父と日本人の母に養子として迎えられたシリア出身の女性の、学生時代〜結婚生活を描いた長編です。
アイは、これまで西さんが小説で描いていた主人公の中でもトップクラスに繊細で臆病で優しい。
その根底には、祖国シリアでは内戦で沢山の死者が出ているにも関わらず、裕福な家庭に迎えられた自分は一切無関係に生きているという負い目があります。
だからメディアで取り上げられた、世界中の殺人や災害での死者数をノートに書き付け、その度に自らの無力さに苛まれている。
そんな本作、「当事者でない第三者が当事者を思うこと」がテーマの1つになっています。
私自身が昔から思っているのは、周囲の小さな幸せを幸せに思える人が、世界で一番幸せだということです。
だからいい意味で世界を全て知らずとも、目の前の素敵さに胸を打つことが重要だと、読み終わった今でも思います。
けれどアイは違う。
遠くで起こった出来事を自分の体のように思い、祈る。
それはシリアで生まれたという出自、そして、どんな人にも事情がある(金を盗んだシッターにも事情がある)ことを考えるアイの両親の教育からくるものですが、これによってアイは、優しすぎるアイは作中ずっと「第三者として」苦しめられます。
そんなアイが「当事者」となった1つが、東日本大震災。
これまで想像でしかなかった痛みや苦しみを肌で感じることができ、アイはある種の喜びを得ます。
命の危機を、その恐怖を語る権利を得たかったのだと思う。
のちに、被災して亡くなった方に失礼なことだったとアイ自身語っていますが、被災直後は自分が被災して初めて当事者になれた、そのことに満足できるほど、それまでのアイは第三者として苦しんでいたことが分かり、読んでいて胸が締め付けられました。
そしてもう1つの当事者、それはアイが結婚して子どもが産みにくい体であることが分かったこと。
手術により一時は子どもが宿ったものの、11週で流れるという描写、ここは本当にやるせなさで一杯で、友人に「12週」と小さな嘘をついたシーンでは涙が出ました。
第三者として死者の数を数えていた本人の目の前(お腹の中)で、まさに生きんとす赤ちゃんが死んでしまったという悲しみに、アイの心は壊れてしまいます。
そんなアイに救いの手を差し伸べたのは、両親や、友人のミナや、夫のユウ、彼らはみんな優しいアイを受け入れてくれる存在で、
ミナがくれたメールやユウが言った言葉はアイの支えとなります。
(特にミナは素敵すぎて悶える、、!)
ただ、
私が本作すごく感動したのは、彼らのサポートはありつつも、最終的に乗り越えるまでに至ったのはいつもアイ自身の強さによるものだったということです。
遠くで人が死んで、近くで赤ん坊が死んで、そのことを当事者でない第三者が思うことに対し、
私のからだの中で赤ん坊が死んで、その悲しみは私のものだけど、でも、その経験をしていない人たちにだって、私の悲しみを想像することはできる。自分に起こったことではなくても、それを慮って、一緒に苦しんでくれることはできる。想像するというその力だけで亡くなった子どもは戻ってこないけど、でも、私の心は取り戻せる。
数学教師に「アイ(虚数のiのこと)はこの世に存在しない」と言われてからずっと、自らの存在を否定し続けてきたことに対し、
誰に否定されても、やはり自身で信じられない瞬間があっても、それはあるのだ。ずっと。これからも、絶対に存在し続けるのだ。絶対に。私はここだ!
と、悩んで苦しんだ結果に出す自分の答えが本当にカッコよくてカタルシスでいっぱいで、後半は何度もいい意味の嗚咽が漏れました。
知らなくてもいいじゃない、という能天気な私の考えを改めてくれる、西さんはいつもこうやってカッコいい姿を小説を通じて伝えてくれます、、
『サラバ!』で終わったなんて言わせないよ!とほっぺた叩かれたかのよう。すんませんこれからも読みます!!