『あの素晴らしき七年』 / エトガル・ケレット
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内容(「BOOK」データベースより)
息子の誕生から父の死まで。七年の万感を綴ったエッセイ。“戦時下”のイスラエルに暮らす作家がやるせない思いと強靭なユーモア、そして静かな祈りを込めて綴った36篇。
あけましておめでとうございます。
新年1発目は友人オススメの洋書エッセイ。
読んだ後に「ふーっ」と幸せなのか悲しいか分からないため息をついてしまうような、素晴らしい作品でした。
内容はBOOKデータベースにあるように、著者にレヴという可愛い可愛い子どもが産まれてから、著者の父親が病気で亡くなるまでの7年間を綴ったもの。
こう書くと親子の愛などが主だった家族エッセイに思えますがジャンルは多岐に渡り、戦時下イスラエルで家族とともに被弾したかと思えば、タクシーの運転手にキレたり、航空会社のミスで飛行機の助手席で出張する羽目になったりと、ちびまる子ちゃんばりに普遍的な日常がそこにはあったりして、読んでる側の心はアチコチ行ったり来たりします。
本作はこの「心は行ったり来たり」というのが非常に重要、というかそれが全てな気がします。
死と常に隣り合わせであるイスラエル、という特殊な環境でエッセイとなれば、思うのは戦争や死を軸とした作品ですが、
本作は子どもの誕生や家族の死といった万人共通のイベント、
加えてどうでも良い日常の描写を行き来することで、戦時下の人々にも当たり前に日常は流れるという当然の、
けれど第三者の立場からすると想像し難いことを想起させてくれます。
だから、本来笑い飛ばせる些細な日常描写にもどこかしら悲しみを感じるし、
一方で戦争というやるせない描写の中にもユーモアを感じられる(空襲警報により突っ伏して体を重ねる自分たちをサンドイッチに見立てた『パストラミ』は、悲しい涙に襲われながら笑っちゃうような感覚でした)。
これは日本国内の作家では決して表現できない、本作でしか味わえない感覚と思うので非常に嬉しかったです。
あと、とにかく展開の持って行き方と1文ごとの美しさが大好きで、特に後半にそれらを感じました。
父親が亡くなってから4週間後を描いた『父の足あと』では、出張先に何気なく携行した父の靴が入ったスーツケースがロストバゲージし、1週間後に遅れて届けられた、というもの。
著者の泊まっていたホテルのシャワートラブルで履いていた靴が水浸しになってしまい、たまたま持っていた父の靴を代わりに履く、というのが物語の最後ですが、
それまでの1週間という空き時間が、仕事が忙しい著者に対する亡き父親の気遣いに見え、代わりにたまたま持っていた靴が代行できたということに、父親の優しさが表れているように見える。
高々数ページの中にこんなにも余韻の残る作りを含ませているから、ゆっくり読んで、読んだ後にも「はーっ」と溜め息をつきたくなる。
『ありふれた罪人』で
作家は世界を作ったわけではなく、言うべきことを言うために世界に存在している。
という少しの卑下が書かれていますが、「言うべきことを表現する」パワーはやっぱり作家オンリーだし、著者は本当に凄かった。
2017年、良いスタート!