昔友だちが絶賛しており、ついこないだ公開された『ナチス第三の男』の原作でもある『HHhH』を読み終わった。過去最高にブチ上がった海外文学でした、30歳超えてもこんな読書体験を味わえる世の中に只感謝、、、!!!!
戦時下のナチスドイツでヒトラー・ヒムラーに続く悪名高き長官、「死刑執行人」と呼ばれたラインハルト・ハイドリヒの暗殺を計画するチェコのパラシュート部隊を主人公に添えたノンフィクション小説。計画は「類人猿作戦」と名づけられ、その名で検索すると本書で描かれた事の顛末と全く同じ内容が出てきたので、読後改めてこの計画の「事実は小説よりも奇なり」感に驚いた。特筆すべきページターナー箇所は当然ながら暗殺シーン以降で、ハイドリヒを目の前にしてなぜか銃が空撃ちしたり、暗殺者たちが数日に渡り地下室に立て篭もった結果最終的に自害するところなんかは、もちろん描き方が上手いのもあるけど、これが史実と考えた瞬間、そこらのフィクション映画が塩ラマのように霞んで見える。また、去年『アウシュヴィッツの図書係』を読んだ時も感じたけど、今からせいぜい80年前に、理由も無く見せしめのために村が丸ごと焼き尽くされたり、子どもを度数の高いアルコールで酔わせて実親の生首を眼前に突きつけるといった、世界全体で完全に狂った方向に麻痺してた時代が確かにあったという事実にただ恐怖した。平和ボケとはよく言ったもので、プッとどこかに小さな風穴があくだけで世界はいとも簡単に崩れるということを見せ付けられた。どうか娘が一生を終えるまで、平和ボケしまくった世界が続いてほしいとだけ願う。
そして本書が圧倒的読書体験をもたらす最大の要因はやっぱり、この長編が「小説を書く小説」になってる点。徹底的に細部まで現実に即したこの小説の中に、まさかの著者であるローラン・ビネ自身が度々登場し、この一部始終を書くに当たり感じた苦悩や拘りを惜しげもなく露わにしている。それってフツーに考えるとすごく不自然で、映画で言うと、ものすごく緊張感あるシーンで急に監督が「ココの撮影、とにかく寒くて大変やったんす」と登場するコメンタリーみたいな感じ、つまり折角築き上げた作中の世界観を台無しにし兼ねん危険なメソッドやと思う。なのに本書では、この悲しく壮大な史実を描き切ることが如何に困難だったかを著者が度々語る構成になってる、だけど結果的にそれは、暗殺計画の緊迫した場面をきちんと引き立てる役割を果たしてるからすごい。そこがホンマ、これまで読んだどの小説や報告文学とも違う読書体験になった。
本書は、予めこういった作品にしようというマクロな視点を据えて書き始めた感じがせず、途方も無く膨大な取材調査と徹底したリアルを追及するあまり、こういったメソッドに至った己の哲学とかも散りばめることでリアルさに拍車をかけ、結果的にこんなにも稀有な文学となった、という感じがする(あくまで個人の感想です)。そういう書き方は西加奈子さんもしているとトークショーで言ってたし、増田俊也さんの『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』も、取材を進めるにつれ木村マンセーの精神だけで書くのはどうやら難しいということに気づき、途中で連載を辞めようか苦悩したというエピソードもあった。本書は著者のみならず、妻や父親も作中に出てきており、まさに心の揺れ動きが直に伝わってくる。こんな作品ホンマに今まで出会ったこと無い。映画も当然気になるけど、たぶんこんな伝え方はさすがに映像化できない。本を読むことが軽視されがちな時代で自分も最近そうなってたけど、そんな愚かさにビンタされたような衝撃と喜びがありました。\2,600、全員買うべし。