年明けから眠りがどうも悪かったので、今週から娘の寝かしつけの流れでそのまま22時ごろに寝るようにしたら、5時前に起きるっつうものすごい朝型人間になった。こないだ読んだ『1440分〜』でもなるだけ早朝の活動は奨励されてたし、まあしばらくこれで行こうかと思ってる。
久々に白石一文さんを読んだ。相変わらずの哲学埋め込み型小説。
なんでも記憶してしまう主人公と、複数人の女性の物語。中盤くらいまで主人公の心情が細かく描かれず、取っ替え引っ替え性行為しながら場面もコロコロ切り替わるので、イマイチ論点が何なのか散り散りな感じで読んでたが、後半に枝里子という女性の実家に行くシーンから一気に引き込まれた。
あなたは誰もが得る喜びや誰もが得る満足、誰もが得る悲しみに自分の身を任すことをためらっているのよ。何か新しいあなただけの喜びや悲しみがあるべきだといつも不平ばかりこぼしているの。
枝里子はこれでもかというくらい完璧な女性で正論をぶつけて来るが、それに対する主人公が、良いか悪いかは別にしてオリジナリティ全開の哲学で切り返す様が面白い。ベクトルは違うがかまいたちの山内が屁理屈言う感じと似てる。後半、主人公は実は過去に実の母親に捨てられた経験を持つことが明らかになるが、ここを読んで作家の窪美澄は「これは私のことだ」と思ったとも書評で書いてた。白石さんの文章は一見読者を突き放すほど独自性孕んでたとしても、なんか要所要所でグッと掴まれる感覚があってスルメ感がある。これも良い。
僕たちが抱えているこの寂しさは、誰のせいでもなく、ただ僕たち自身が生まれながらに背負わされてしまった必然なのだ。であるならば、たとえ誰の力を借りたとしても、この寂しさを癒すことなど決してできはしないのだ。
達観してる感が若干鼻につくけど、読みやすい哲学書、みたいに捉えると後半面白くなった。