『動的平衡2 生命は自由になれるのか』
★ × 88
内容紹介
生命の本質は、自己複製ではなく、絶え間のない流れ、すなわち動的平衡にある。鮮やかに喝破した前著から2年。生物学の新しい潮流エピジェネティクスは、ダーウィン進化論の旧弊を打ち破るか。動物を動物たらしめた必須アミノ酸の意味とは? 美は動的平衡にこそ宿り、遺伝子は生命に対して、自由であれと命じている。さらなる深化を遂げた福岡生命理論の決定版がついに登場。
『動的平衡 なぜそこに生命は宿るのか』に続く第二弾。
生命という、身近でありながら理解しがたいこの概念を紐解いてくれる福岡伸一さん。
学者として、というより、一人の偉大な作家として尊敬しています。
前作同様、中盤までは生物学界でトレンドのトピックを、福岡さん独自の視点で分かりやすく解説してゆき、徐々に物語全容をまとめあげながら、終盤にかけて福岡さんが本作で強調したい主張が述べられていきます。
相変わらずというか、名人芸というか、フィナーレまでの持って行き方が映画のようにドラマチックで惚れ惚れ!
トピックはあくまで分子生物学なのに、ですよ。
学生時代一切の興味を惹かれず、迷わず物理科学を専攻し見向きもしなかった「生物」に、今時を経てこんなに魅せられるとは思ってもみませんでした。
今回私の印象に残った内容は主に以下。
なぜアフリカでこどもたちの発育不全が起こり続けるのか。
パッと思い付くのは汚染水、栄養失調だけれど、健全に水を飲み、カロリーも摂取しているこどもも、同じく発育不全になっている。
この原因は、主食であるトウモロコシにあるようです。
リジンというヒトの必須アミノ酸が十分含まれておらず、トウモロコシだけではリジンの摂取量が徹底的に不足している。
ただそれは逆に、リジンの摂取を増やすことで簡単に解決しうることだということであり、まさに研究が世界を救ったという華麗な実例です。
勉強が何に役立つとか、そういう悩みや疑問を吹き飛ばす効力が分子生物学の、ないしは福岡さんの文章にはいつも込められていて、もっと学びたい欲を掻き立ててくれます。
第8章は本書のひとつの核となる部分であり、遺伝子配列が生物を決定付けた今、果たして本当に目に見える遺伝子だけが全てなのかという問いに向かっています。
ヒトとチンパンジー(この辺りは『生物と無生物のあいだ』と同じく、禁断の謎に入り込んでいくようなワクワク感)は、遺伝子配列上での差はわずかしかない。
ならばヒトをヒトたらしめるものは何か、福岡さんはそれを「スイッチがオン・オフされるタイミングの差」と仮説を立てています。
福岡さんは目に見えるその時の姿がすべてではなく、なにものにも「時間軸」があって、それなしには物事の本質を捉えたことにはならない、ということを訴えかけているように思います。
生命のある部分を撮影し切り取る。
そこに映るのは事実であると勘違いしがちですが、静止画に時間軸はなく、切り取ったそのすぐ前、そしてのちの姿とは全く異なるものであるというのが分子生物の難しいところ。
ヒトとチンパンジーには一見何の差もなくとも、そこに四次元目を掛算することにより変化が生まれるという、研究では非常に追いかけにくいけれど、それゆえ福岡さんのように真実を追い求める人たちが魅せられているのでしょう。
いやー面白かった。
自分の仕事にどういった意味があるのか、そこを再考するような本。
最後の締め方も福岡流です。生物学を人生に射影して、私のような凡人にも感動を与えてくれました。
私は人生も同じように考えています。どうしようもないこと、思うようにはいかないこと、取り返しがつかないこと。人生にはさまざまな出来事があります。
しかし、それは因果的に起こったわけでもなく、予め決定されていたことでもない。共時的で多義的な現象がたまたまそのように見えているにすぎません。観察するからそのように見えるだけなのです。
意外に聞こえるかもしれませんが、私たちの世界は原理的にまったく自由なのです。それは選びとることも、そのままにおくことも可能です。その自由さのありように意味があるのだと、私は思うのです。