『あの人は蜘蛛を潰せない』 / 彩瀬まる
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私って「かわいそう」だったの? 「女による女のためのR‐ 18文学賞」受賞第一作! ずっと穏やかに暮らしてきた28歳の梨枝が、勤務先のアルバイト大学生・三葉と恋に落ちた。初めて自分で買ったカーテン、彼と食べるささやかな晩ごはん。なのに思いはすぐに溢れ、一人暮らしの小さな部屋をむしばんでいく。ひとりぼっちを抱えた人々の揺れ動きを繊細に描きだし、ひとすじの光を見せてくれる長編小説。
(内容「BOOK」データベースより)
女による女の為のR18文学賞受賞作、私より1つ年上の著者、綾瀬まるさんの作品です。
この文学賞といえば窪美澄さん、山内マリコさんなど面白い作家を数多く輩出していますが、彩瀬まるさんももれなく素晴らしい作品を書く作家でした。
主人公は薬局で働く28歳の女性。
実家暮らしで母親の呪縛から解けず、外泊はダメ門限は10時、義理の姉は料理が下手で年下の彼には秘密があり…という、よくある「女の悩みは尽きないよ」小説。
それら一つ一つが結構重たいので、男である私ですら自らを投影しながら読んでしまいました。
例えば主人公に年下の彼ができ、夜勤明けの朝ごはんは彼と公園で共にするシーン。
母親に「朝食は要らない」と言ったはずなのに、帰宅すると食卓にはきちんと朝ごはんが並べられている。
この辺りの描写はもう痛々しくてなりません。
学生時代に読んでいれば、「あぁわかるよ、この親のうっとおしさ!」と主人公への共感で本作を高く評価していたと思いますが、少し年を重ねた今は(子はまだいませんが)親の気持ちもなんとなく理解できる。
本に限らず映画でも漫画でもなんでもいいですが、こういった周りの人々に対する感謝の必要性を浮き彫りにさせてくれる作品は本当に素晴らしいと思います。
あとは物語を通じて主人公が、母親、義姉、彼氏に対し気持ちの折り合いをつけていく過程が緻密に描かれています。
特に共感したのは、「異常であることの恥ずかしさ」について。
主人公には母親と喧嘩できないこと、処女であること、規模の小さな店しか任せてもらえないこと、他の人に助けを求められず「恥ずかしい」と思うことはたくさんある。
けれど年下の彼には「人に言えないことなんてない」とナチュラルに言えてしまう。主人公はそれをなんてたくましいのだと感心し、これが結果彼にひかれるきっかけとなっています。
(実は彼にも秘密があることは終盤に明らかになりますが)
もし私が他人にこんなことを言われたならば、たぶん頭にくるでしょう。
「お前のような鈍い男に、俺の痛みがわかってたまるか!」と、心の中で毒づいて距離を置くでしょう。
けれど主人公はそれを素直に「たくましい」と受け入れる。
このあたり、著者の何気ないやさしさがにじみ出ててとても好きです。
物語を追っていくうちに読者が気づくのは、彼の事情、母親の事情、義姉の事情、それぞれに事情があり、神力みたいなものでそれらをパッと浄化させるのは、いつだって神ではなく彼ら自身であるという、当たり前だけど少し切ない事実。
主人公はそこを悟った上で、ならば第三者としてどう関わるか、という問いに対してゆっくりと自分なりの答えを出していきます。
結末は小説らしくすこしきれいにまとめられてしまいましたが、とにかく文章が上手なので、各エピソードどれも集中して追いました。
女性に限らず、万人に読みやすい小説です。
「彼の中にも私と同じく、何かしらの、人を笑うことで上塗りしてしまいたいものがあるのだろう。
この人がどれだけ私を笑っても、馬鹿にしても、その原因は私にはなんの関係もないことなのかもしれない。」