『幻年時代』 / 坂口恭平
★ × 78
4歳の春。電電公社の巨大団地を出て初めて幼稚園に向かった。
なんの変哲もないこの400mの道行きは、自由を獲得するための冒険の始まりだった。
団地以外の生活があること、家族の幸福だけがすべてではないこと、現実は無数の世界のうちの一つでしかないことを母親に手を引かれながら知る。そのことが0円で生きることにこだわり、自分一人で国家をつくるという行動、つまり、僕の現実を生き抜くための方法へと繋がったのだ。
誰もが感じる幼少期の戸惑いと違和感。忘れていた自分の中に生きる力は眠っている!幼き記憶に潜れ―。
キミの強さ、輝き、自由はすでにそこにある!破天荒にして奔放、狂おしいほどに繊細。
路上生活者に教えを乞い、ひとりで国家をつくった男の原点とは―。
内容(「BOOK」データベースより)
『独立国家のつくりかた』以来の坂口恭平さん。
100%搾り立ての自伝でありながら、生い立ちから今までを追ったものでなく、あくまで生い立ち、つまり幼年期の記憶のみにフォーカスし構成されているのがすごい。
ジャンルは180度違えど、それこそ『ちびまる子ちゃん』ばり。
ただし面白エピソードや急死に一生物語などは無く、年上の友達ができたときの絵も言えぬ高揚感、人生の全ては家族という It's a small world 内で完結していた頃の感情など、私のような庶民でもうっすら記憶しているような当たり前を掘りに掘り下げて書き出しています。
だから、はっきり言って、面白くはないです。(ファンの方いたらごめんなさい)
ただ、その掘り下げ方がやっぱりオンリーワンというか、天才坂口恭平ここに在りだなぁと思いました。
たとえば幼い頃、外で下世話な歌を歌うことで母親に怒られ、親子の距離感を図るシーン。
「僕は「チンポ」の持つ意味と音そのものの両方を歌というオブラートに包み、音楽として再構成することを試みた。その実験によって生じた自分が持っている現実への問いを、人々の前に突如登場させることこそが、僕にとっての迫真の演技であり、舞であった。人々の条件反射を引き出すことで、その結果、僕は母ちゃんとの親子という分子を一瞬だけ原子単位に分解させることに成功した。…」
…実はこの考察はまだまだ続くのですが…、ここだけを切り取っても、もはやちょっと笑っちゃうくらいオリジナル。疑う余地無くナルシスト。
けれどそれが、坂口恭平さんだからこそしっくりくるんです。
物事に対しての向き合い方が極めて真摯で、けれど常識と異なる切り込み方で乗り込むから異端で、でも実はきちんと法や理論に則った考えであるから有無を言わせない信頼性がある。
本作の味わい方として、自分にもこんな幼少期あったなぁ、としみじみ振り返る読み方が正解なのかもしれませんが、私個人は坂口さんのナルシズムや言葉のチョイスにニヤニヤしながら楽しみました。
(揶揄しているように聞こえますが、決して否定しているわけではありません)