- 作者: アダムファウアー,Adam Fawer,矢口誠
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/08
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 15回
- この商品を含むブログ (73件) を見る
『数学的にありえない(下)』 / アダム・ファウアー
★ × 94
内容(「BOOK」データベースより)
数学者ケインとCIA工作員ナヴァ。窮地に陥った二人の共闘に、戦闘のプロが動員され、捕捉作戦は激化した。非力な民間人にすぎないケインの唯一の「武器」が引き起こす、ありえない連鎖反応。炸裂する伏線また伏線、予想を裏切る拷問と人体実験。長く壮絶な戦いの行方は?世界が興奮した徹夜必至の傑作。
『数学的にありえない(上)』に続いて下巻。
ばらばらの人間関係から『ラッシュライフ』の如く絡み合っていき、ストーリーがどこへ着地しようとしているか一切分からないページターナーっぷりは下巻も健在!
とにかくエンタメ一直線、燃え上がった小説でした。
上巻に続き、数学者のケインとCIA工作員のナヴァが命を狙われる展開は続きます。
上巻ではその理由がファジーなままだったのですが、下巻で数学者ケインの「ラプラスの魔」という能力が明らかになり、彼はそれを追われて狙われていることが分かります。
もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。
世界中の物質の位置と運動量さえ分かれば、これらの動きを時間軸上で計算できるようになる、すなわち未来も完全に見えると言っています。
これがケインの持つ能力、まあ言ってしまえば「予知能力」です。
訳者あとがきにもでてきますが、予知能力を持った主人公の映画や小説なんてまあ在り来たりだし、窮地に立たされた彼らを救うのが結局その能力で、それをどんでん返しだと言ってしまえばそれで終わり。
まあ、エンタメとしてはいいのかもしれないけれど、何も残らないし理論もくそもない。
けれど本作の最も感動するのは、タイトルからも何となく読み取れるように、能力に対して極めて理論的・学術的な肉付けがこれでもかと書き殴られているところ。
例えばラプラスの魔が現実的に不可能な理由の一つとして、世界中の物質の位置と運動量を把握するためのストレージもプロセッサも、スーパーコンピュータに、ましてや人間の脳に全く足りないことが挙げられます。
ここで本作ではアインシュタインの相対性理論を持ってきて、人間の意識の速さと光の速さを比較することで、前述の問題を解決しようと理論武装してきます。
これをもし物理学者が読んだらどうなのかは知りませんが、少なくともド素人の私がぎりぎり理解できるほど平易に、しかも何か納得させられるだけの文章力があるのが凄い。
他にも「シュレディンガーの猫」など、エセ理系には萌える厨二な知識が所狭しと詰め込まれている。
ストーリーとは別のルートで楽しみがちりばめられているのが『フェルマーの最終定理』のようで、本作の楽しみの一つです。
と、書いてしまうと、小説じゃなく学問の本じゃねえかと思われそうですが、小説としても一級品。
特に目立つのがキャラ立った脇役達。上巻でも様々な人物視点から物語が展開していたので、各キャラクターにすっかり魅了されたままストーリーに入っていけます。
特に良かったのが暗殺者・クロウのサブストーリー。
アクションものに必ずや出てくる「冷静沈着な超強い悪役、けど実は情に熱い」みたいなお決まりのキャラで別に目新しさもないのですが、これだけ上下太いものを読んできた終盤のナヴァとの戦闘シーンには目頭熱くさせられました。
他にも絵に描いたような悪役が絵に描いたように成敗されるなど、前述の理論武装に並行してベタな演出が続くあたり、マニアックになり過ぎない程度に小説じみてて万人にお勧めです。
映画化とかは特にされてないのかな?おそらく2時間に詰め込むとただのSFアクションに纏められそうなので、これは是非活字で読むべき!