『千年の祈り』 / Yiyun Li 著
★ × 95
素晴らしいの一言でした。
父と娘のあいだに横たわる秘密と、人生の黄昏にある男女の濁りない情愛。ミス・カサブランカとよばれる独身教師の埋めようのない心の穴。反対を押し切って結婚した従兄妹同士の、平らかではない歳月とその果ての絆。―人生の細部にあらわれる普遍的真実を、驚くべき技量で掬いとる。北京生まれの新人女性作家による、各賞独占の鮮烈なデビュー短篇集。
(「BOOK」データベースより)
海外文学はここ数年、記憶にある限り「アルジャーノンに花束を」「ダヴィンチ・コード」くらいしか読んでおらず、それ以前となるとそれこそ「エルマーの冒険」や「海底二万マイル」など、いわゆる青少年推薦図書として読んでいただけです。
つまり、海外文学は苦手です。理由は一つ、描かれる情景が身近にあるものでなく想像に難いから。
映画のように視覚としての異文化であれば違和感なく入ってくるのですが、文字となるとある程度アクティブでなければすぐに置いてけぼりを食らう。
電車でしか読まない俺にそこまで要求するな!と、要するに食わず嫌いで生きてきたのが正直なところです。
そう甘えていた過去の自分にサヨナラバイバイ、思いっきり喝を入れてくれたのが本作!
全10の短編から成り、描かれるストーリーはバラバラ。
2話目『After a Life』を読み終えた時点で「あ…これはなかなかヤバそうだ」と感じ始め、
3話目『Immortality』読了後、完全に虜になりました。
ここらで感じたのはてんで例え違いかもしれませんが、乙一の『ZOO』を読んだ時の混沌さに似ているということでした。
「著者は各物語で、一体何を言っているのだろう?」という、そしてそれが決して悪い意味でなく良い意味での混沌さ。何人もの人が寄稿したオムニバス感覚。
各篇で描かれる日常は私にとって間違いなく非日常であり、既視感など無く、けれどあまりにもすんなりと感情移入できて、
その日常に何故か常に「人間の壮大さ」みたいなものが感じられました。
これまた的外れな例えですが、漫画の「ベルセルク」を読んだ時のような、圧倒的な力、神々しさみたいな圧を浴びせられた感じ(ああ、乱文過ぎてこの気持ちを伝えられない)
5話目『Love in the Marketplace』では愛する男に裏切られた女性が主人公ですが、よりを戻すよう母親に迫られた彼女が「どうして最高の煮卵を売りたいの?その約束は母さんだけの問題なの」と返すシーン、
そして男の肩にナイフをあてるシーンがありますが、もうこの辺は魂震える崇高さ!
ほかにも『Son』で、主人公が母親に自らがゲイであることを告げるシーン、
『Immotality』で独裁者への崇拝が疑惑へと変わり崩壊へと駆け足で向かうその無力感の表現、
『Persimmons』で事の起こりの時系列をランダムに並べ、説明の合間には住人たちの不毛な会話をダラダラ挟む変化球の文章など、
たった10話の短編の中で何度も、その技巧と美しさに驚かされました。
無論物語の人々は孤独で、時代は辛辣で、この平和な日本では共感し得ないことだらけです。
私のように基本的に読書を日々のサプリメントとして、指標となる言葉探しとして捉えているような人には、一見どうでも良い文章が並んでいるだけのように見える。
けれどそこには、単純に文字を追う行為自体の面白さがあって、それが普段聞きなれない言葉からくるものなのか、はたまた訳書という第三者が介入する物語だからなのかはわかりませんが、とにかく日本文学しか読まない私にとっては、素晴らしい読書体験となりました。
もっと上手くレビューしたいのに、この作品は言い表すのがとても難しかった。
感じろ!読め!とだけ言いたくなる。
春の嵐とともに海外文学ブームがやってきたのかな、次の作品がとっても重要…。