『あと少し、もう少し』 / 瀬尾まいこ
★ × 90
(内容紹介)
中学校最後の駅伝だから、絶対に負けられない。襷を繋いで、ゴールまであと少し! 走るのは好きか? そう聞かれたら答えはノーだ。でも、駅伝は好きか?そう聞かれると、答えはイエスになる──。応援の声に背中を押され、力を振りしぼった。あと少し、もう少しみんなと走りたいから。寄せ集めのメンバーと頼りない先生のもとで、駅伝にのぞむ中学生たちの最後の熱い夏を描く、心洗われる清々しい青春小説。
きちんと本を読み始めて10年くらい経ちまして、ホラーやミステリーに没頭したり、仏教や生物学や数学に手を出したり、津村記久子さんに人生観変えられたりと、読む幅は増えてきたという自負は一応あります。
だから「もう東野圭吾は読めないな…」と通ぶったりする嫌な大人になりましたが、やっぱりこうやって瀬尾まいこさんを久々に読むと、一話目からいきなり涙しちゃったりして、趣味の本質は変わらないんだなぁと痛感させられました。
三浦しをんさん『風が強く吹いている』ばりの青春駅伝物語。
舞台は中学校で、駅伝とはいえ一人当たり3km、計18kmが全長です。
よくある青春小説よろしく、寄せ集めの個性派が曲がりなりにも練習して奇跡的に入賞するといったミラクルストーリー、、なんです実際。
だから駅伝やってる人からするとあり得ないと一蹴されそうですが、「いやいや小説として楽しむ気持ちを持てよ!」と言えるくらいには大人になりました。
本作のすごく良いのが、部が始まって予選に出るまでのある期間の展開を、各区間を走る6人の物語毎に繰り返し描かれている構成。
村上龍さんの『最後の家族』も同様の構成でしたが、これの良いところは、A視点から描かれる物語では別のBの心情は分からないものの、次の章でB視点となり、その時の心情がわかるという点。
本作では、6人の中で最も速い主人公が、なぜか練習で調子が出ないということを、他の5人の視点で繰り返し描かれるのですが、「なぜ調子が出ないのか?」が最後の章まで描かれず、すごくヤキモキします。
また、主人公は瀬尾作品ではお馴染みの「いわゆるいい奴」なので、なかなか本音を口に出したりしません。
残りの5人は彼に対し信頼感と、同時に何を考えているのか分からないという思いを持っており、読者である私も「あいつ何考えてるんだ?」という疑念だけを抱いている。笑
だから最終章、主人公視点で描かれることで初めて胸の内が描かれたときのカタルシスったら!
巧いなー瀬尾さん、と思わざるを得ません。
もう一つ瀬尾さん節が出ているのが、平易な言葉の中にも、LGBTや片親問題などの提起があり、それらに対する瀬尾さんの考えが挟み込まれている点。
よく小説の中で、恋人が死んだり暴力的な親だったりしますが、それはパッと分かりやすいスパイスとして、感情移入しやすいしキャッチコピー化しやすい、ある種金の匂いする要素である場合もありますが、瀬尾さんの場合ごく自然に溶け込んでいる。
本作で言えば、5区を走る後輩の俊介の章なんかで特に感じました。
『卵の緒』や『僕らのご飯は明日で待ってる』程ではないですが、決して只の青春スポ根小説だけではない辺り、どんな人でも楽しめると思います。
唯一、顧問の上原先生の心情が全く読み取れないまま終わったのが心残り。
スピンオフで小説化してくれんかな笑