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内容(「BOOK」データベースより)
1977年5月、圷歩は、イランで生まれた。父の海外赴任先だ。チャーミングな母、変わり者の姉も一緒だった。イラン革命のあと、しばらく大阪に住んだ彼は小学生になり、今度はエジプトへ向かう。後の人生に大きな影響を与える、ある出来事が待ち受けている事も知らずに―。
西加奈子さん最新作、作家生活10周年の記念碑的作品、いよいよ下巻です。
上巻では圷歩(あくつ あゆむ)という一人の男の幼少期から思春期まで、 下巻では思春期から中年期(37歳)までが描かれています。
本作は歩、そして歩の家族の数十年間を通して、その年表を越えて後ろから著者の西さんが伝えたい思いが溢れてくるような大作に感じました。
私なりにレビューしたいと思います。
上巻では甘いマスクで女にモテ、人付き合いにおいてKY(空気、読む)能力を遺憾なく発していた歩ですが、 下巻では髪も薄くなり仕事もうまくいかず、恋人も友人もいなくなってしまいます。
上巻のレビューで、
歩は周囲の人々に様々な感情を抱きますが、それを見る度に「考えすぎだぞ歩!」と突っ込みたくなる。
そしてその言葉はそのままそっくり、自分に返ってくる。笑
という風に書きましたが、下巻で上巻の歩が、そのままそっくり返ってくるようでした。
朝井リョウさんの『何者』のように、それまでの正義を後半で一気にひっくり返すような展開。
何となく予想はしてましたが、その理由が「禿げてきたから」ってのがちょっとシュールで西さんらしい。笑
精神的に落ちた歩は、これまで出会っきた人たちに逆算するように再開していきます。
叔母たち、現在の彼女、友人の須玖と鴻上、姉、母、父、そしてエジプト在住時代の友人ヤコブ。
自信を失っていた歩は、これまで彼らに抱いていた感情、空気・読める君として生きてきた自身の過ちに気付く。
自分の生き方がどう間違っていたのか思い知らされる。
それもこれも、全ては姉である貴子の言葉が発端となっています。
終盤に出てくる姉の言葉が、本作のハイライトでしょう。(ここは後光差すような神々しい描写なので是非!)
本作のテーマは何かと問われれば、私は「宗教」だと思っています。
聞こえは悪いかもしれませんが、これは著者がこれまでの作品で一貫して訴え続けてきた「自分は自分である」という思想に通ずるものと捉えています。
みうらじゅんさんの『マイ仏教』にも書かれていたような「自分の中のちっちゃな釈迦」を持つということ。
歩には、それがなかった。
そして歩以外の登場人物には、それがあった。
姉の言葉によって、歩はそれを気付かされた。
んでこれも上巻のレビューで書きましたが、空気を読んでうまくやる歩に私自身を投影してしまった。
そういう方は他にもいらっしゃると思いますが、その方々に下巻は結構重たいんじゃないでしょうか…私はキツかった。
姉の貴子に自分自身のことを非難されているようで、謝りたい気持ちになりました。(なにに?)
そこまでのめり込ませる力のある作品だったという裏付けですが。
最後ハッピーエンドで終わります。
超大作となっていますが、はっきり言ってちょっと長過ぎやしないかと思うこともありました。
けれど本作は小説というより、歩の体を借りた西さんのエッセイ、ナラタージュ(?)とでもいうようなドキュメンタリー性があって、次に何が起こるか予想するのが馬鹿げてくるようなワクワク感か終始ありました。
10年、著者の思いの丈をぶつけた、「すごいものを読まされている」感を味わわずには要られない作品。
メディアイメージでなんとなく西さん敬遠していた方々も是非!