『ウエストウイング』 / 津村記久子
★ × 95
レビューを書き始めて数作目にして早くも2作目(1作目はこちら)の津村作品ですが、またまた素晴らしい読書体験をさせていただいたので紹介します。
「災難に直面する人々のゆるい繋がりから、静かに手わたさせる日々の歓びを描いた本格長編小説。」
というのが本作の帯ですが、もうまさにその通り。
前半2章は少しダラダラしているものの、『とにかくうちに帰ります』を彷彿とさせる、大雨で家に帰れない人々を描いた3章、そして感染症とビルの解体を巡る4章のジワジワ熱を帯びる感覚はもう最高!
賞賛せざるを得ない理由の1つが、津村作品と同様、圧倒的な「あるある描写」。
例えばドラッグストアが、体感でしか天気を捉えられず帰宅時雨に降られる人を狙って傘を売りつけるという場面、
殺意を覚える程感じの悪い塾講師に対し、ヒロシが心の中で悪態をつく場面、
毎場面、ニヤニヤしたりめちゃめちゃムカついたり納得したり、津村節の言い回しにいちいち反応させられる、それは物語をなぞるというより、もはや津村さんの巧さを見せつけられているような楽しさがあります。
もう1つの理由が、本作の主要登場人物(特にヒロシ)が発する言葉が、純度100%のエールではないものの、決して押しつけがましくなく、捻くれ者の私にとって結果的にど真ん中のエールになっているという点。
例えばヒロシは、ヒロシを塾に通わせ、離婚した自分自身を立て直そうとしている母親と、絵を描くことが好きで、塾に行くことをどうしても肯定できない自分との折り合いをつける所まで描写されていますが、
その葛藤がとても切なく、そして友達のフジワラがどうしても愛おしい。
それを見て、読者である私はジワジワ勇気をもらいます。
こういった読者へのメッセージって、本や映画でよく「いや、所詮ノンフィクションだろ」という諦念や嫉妬みたいなものを感じやすいのですが、
本作の登場人物は皆どこか切なさを背負い、ユーモアを持っているので、何の違和感も無くスッと心に刺さります。
それが私が、津村作品を追って止まない1番の理由です。
ただ、前述の通り前半はなかなか長いので、人に依っては途中で、「こんなものかこの作家は」と、最後まで読みはするものの低いモチベーションのままかもしれません。
そういうモードの時は、もう受け手として気が入っていないので、いくら素晴らしい場面が来ても、見逃してしまうことがあります。
私は津村さんに圧倒的な信頼感があるので、こうやって中盤以降に大きな感動を得るまでに至りましたが、名も知らぬ作家の場合、やはり初めの段階である程度見切りを付けてしまい、その後のモチベーションが上がらないことが多々あります。
けれどやはり本を読む時間は貴重ですし、作家は我々の何倍もその作品を練って練って作り上げているので、読む間はフラットに受け止めよう、何か感じようとする構えが必要だなぁと痛感しました。
まあそういった意見は抜きにして、本作でまた一つ、津村さんへの熱が上がりました。とにかく最高!!