『悩む力』 / 姜尚中
★ × 88
内容(「BOOK」データベースより) 情報ネットワークや市場経済圏の拡大にともなう猛烈な変化に対して、多くの人々がストレスを感じている。格差は広がり、自殺者も増加の一途を辿る中、自己肯定もできず、楽観的にもなれず、スピリチュアルな世界にも逃げ込めない人たちは、どう生きれば良いのだろうか?本書では、こうした苦しみを百年前に直視した夏目漱石とマックス・ウェーバーをヒントに、最後まで「悩み」を手放すことなく真の強さを掴み取る生き方を提唱する。現代を代表する政治学者の学識と経験が生んだ珠玉の一冊。生まじめで不器用な心に宿る無限の可能性とは。
電車の中づり広告で著者が講演会をすると目にし、そういえば以前読んで良かったイメージがあるな…と懐かしくなって、再び読みました。(以前のレビュー)
読んだ当初は大学院生で社会に出る前だったので、社会に出てしばらくした今読むと、また違った意味で沁みる内容でした。
政治学者・姜尚中さんが死生・恋愛・金といったテーマについて語った、物凄く読みやすい本。
分析する上でのリファレンスとして夏目漱石とマックスウェーバー(*ドイツの社会学者)の著書を取り上げていますが、それら内容が多く語られることはなく、あくまで話の導入程度として、基本的には姜尚中さんの考えが大部分を占めています。
以前のレビューでも書いていますが、本作はちょっとテーマが分散しすぎていて、それぞれの重みがあまり感じられないのが残念。
特に第8章「なぜ死んではいけないか」の結論付けが、言葉は悪いですが「適当」に感じられて、無理やり新書にまとめて読みやすくせずとも、もっと頁を割いて深く鋭角に掘ってほしかったなぁと思います。
そんなこんなであまりまとまりのない内容なのですが、私が改めて読んで良かったと思うのは第一章「「私」とは何者か」、それと第六章「何の為に働くのか」。
第一章では、宗教や共同体といった概念がもはや希薄な現代において、自我を意識せざるを得ない状況をどう打破するかという問題にフォーカスしています。
姜尚中さんが若い頃強烈に自我を肥大化させたあまり吃音になってしまったというエピソードから始まり、この苦しみを夏目漱石の『こころ』に登場する、自我を持て余しながら他者とのつながりについて苦悩する主人公に自らを重ね合わせていたという境遇についても述べられています。
私が『こころ』を読んだ時、時を遡って時代背景の全く異なる世界を生きていた夏目漱石が、48歳という「ええ年齢」になっても尚、こんな風に人間関係について苦悩を感じていたのか、ということに非常に驚いたのを覚えています。
私ですらこんなですが、姜尚中さんはこの作品に共感するあまり、自我を解放させる為留学した先のドイツで『こころ』を一人貪るように読み、己の糧にしていたということが書いてあります。
姜さんをも支える恐るべき夏目漱石マジック。
最終的に一章は、自分だけの城を築こうとしても破滅するだけで、他社との相互承認なしでは自我はあり得ない、という結論でまとめられています。
これは第六章にもつながり、つまりタイトル「悩む力」とは、この社会において「自分」を「自分」でどう立てていくのかではなく、「自分」を「他人」との関係においてどう立てていくのか、そこで悩めと訴えかけているように感じました。
この考え方は以前読んだ吉本隆明さんの『悪人正機』 でも論じられていたことで、人に頼らずとも生きていくんだというその心意気は無茶だよ、だってこんなにも人がいるんだから、というメッセージにとても納得したのを覚えています。 ただし本書で著者はもう一歩進んで、そうは言いつつも他人と関係を築くのには悩む力を要して大変だ、と言っているように聞こえる。
けれどそんなに大変なことだからみんな悩んでるんだよってことも言っている。
うまくまとまりませんが、夏目漱石もマックスウェーバーもそして著者も、聡明な彼らも同じような悩みを持って生きていたんだってとこに力をもらいました。
僧である小池龍之介さんの「何も考えなくて良いよ」という考えとは極致に当たりますが、これはこれでやっぱり面白かったです。