『火花』 / 又吉直樹
★ × 92
内容(「BOOK」データベースより)
お笑い芸人二人。奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、彼を師と慕う後輩徳永。笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。彼らの人生はどう変転していくのか。人間存在の根本を見つめた真摯な筆致が感動を呼ぶ!「文學界」を史上初の大増刷に導いた話題作。
エッセイや書評、雑誌のインタビューを読むたびに、この人は芸人って形でたまたま現世に現れた読書の神様なんじゃないかと思うほど本が好きであることが伝わってくる又吉さん。
テレビで「本がないと僕は死んでました」とかマジなトーンで言うときは、おいおいエンタテイメントだぞとツッコミたくなる笑
けど実際、「又吉さんオススメ本はハズレない説」を長年信じて、実際町田康さんや中村文則さんに出会えたので、そのフリークっぷりには絶大なる信頼を寄せさせていただいてます。
そんな又吉さん、満を持してというべきか、初の長編小説。
増刷増刷で話題沸騰中ですが、自意識を捨てて読んでみると…いやぁーー、素晴らしかった!!
主人公徳永と、神谷さんという先輩芸人の数年間分の生活を描く、芸人による芸人小説。
基本的には2人とも、笑いとは、面白いとは何かを考えながら発言したり行動したりする人間で、それらが小説の中でシュールな笑いとなって時々吹き出してしまいます。
この辺りの空気感は又吉さんの人間性が滲み出ているように感じます。
特にこの神谷という先輩はなかなか強烈で、借金しまくって人に奢ったり女の家に転がり込んで金借りたりと、一昔前の売れない芸人のイメージをそのまま体現したような人間。
だから普通にいたら絶対に友達になりたくないな…と始め思いつつ、小説の中で内面描写も含みつつ人間像を追っていくうちに、途中から完全に好きになってしまいました。
『東京百景』もそうでしたが、メディアに外面を露出した彼らが一体何を考えているのか、そこを突き詰めて晒しているところに本の良さを感じます。
ドキュメンタリーとかよく言いますが、あれも要は編集された真実であり、つまり真実ではない。
勿論本も編集されてはいますが、エッセイや小説の形を借りて描かれる心情描写はよりリアルに感じました。
んで主人公徳永は、とかく理詰めの分析型。(これ、又吉さんの存在そのものを投影したんじゃないかと思ってしまう)
表はやり尽くされたから裏をかこう、けれど適切なタイミングで表を挟み込むことでメリハリが生まれ…
というように、何かを表現するにあたり、常に内面で思考をフル回転することが染みついている。
なので徳永視点で描かれる小説も終始ロジカル一辺倒で、時折挟まれるシュールな笑いがあることが唯一の救いで、それが無ければ本当に『人間失格』ばりの自問自答を繰り返すディープな作品になっていたと思います。
分量は少ないですが、論理論理の嵐に読書時間は延び、中盤あたりで少し疲れました。
けれど終盤ですよね、おそらく読んだ方満場一致で本作のハイライトと思いますが、それまでの論理論理から、一気に感性が爆発して弾け飛ぶ徳永の漫才シーン!
この描写が本当に崇高で、ここ最近読んだ小説の中では群を抜いて泣かされました。
そこに至る黒々とした鬱憤も布石なんじゃないかと思うほど、ここでは理屈抜きの理性むき出して迫ってきます。
しかも実は冒頭の花火大会、神谷さんの「死ね!死ね!」漫才にバックトラックするという、何とも小説らしいエンタテイメント性もはらんでいます。
はっきり言ってこの漫才シーンのみを切り取ってしまうと、ともすればチープに見えかねないもの。
けれどなんども言いますが、それまでの展開は本当に自問自答を繰り返す、重く陰鬱なものなんです。
その背景があるからこそ、このシーンがよりビビッドに映えるのだと思います。
終わり方もなんとも痛快。西加奈子さんの『ふくわらい』を連想しました。
太宰や中村文則さんに傾倒した又吉さんが作る小説として、中盤にかけて見られる繰り返される心情描写は何と無く予想はついてましたが、先ほど言った漫才シーン、そして終わり方に関してはもう度肝を抜かれて、「芸人がここまでの文章を書くと卑怯だな」と感じざるを得ませんでした。
とにかく小説として素晴らしかった。皆さんにオススメです!