『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』 / 山田詠美
★ × 93
ひとつの家族となるべく、東京郊外の一軒家に移り住んだ二組の親子。
澄生と真澄の兄妹に創太が弟として加わり、さらにその後、千絵が生まれる。
それは、幸せな人生作りの、完璧な再出発かと思われた。
しかし、落雷とともに訪れた“ある死”をきっかけに、澄川家の姿は一変する。
母がアルコール依存症となり、家族は散り散りに行き場を失うが―。
突飛で、愉快で、愚かで、たまらなく温かい家族が語りだす。
愛惜のモノローグ、傑作長篇小説。
内容(「BOOK」データベースより)
山田詠美さんの描く家族の崩壊は、こんなにも切なくて、いい意味で痛快です。
母親とその娘と息子、その母親と再婚した父親とその父親の息子、そしてその母親とその父親が産んだ娘という、サザエさんばりに複雑な6人家族の物語です。
ただ、血の繋がっていない事実が崩壊を招く直接の原因ではありません。
むしろ彼らは複雑なのにうまくやってる我々は幸せだろ?という優越感を対外的に持ってる、ちょっとイタい家族笑。
そんな家族の人間性をさらけ出し破滅へ誘ったのが、なんと雷に打たれて死んだ、母親側の息子です。
彼の死に最も打撃を受け壊れたのがその母親で、アルコールに溺れ精神錯乱に陥り入退院を繰り返すようになります。
物語はそんな母親を取り巻く、母親側の娘、父親側の息子、そして二人の間の娘の三視点から語られます。
上述の通り、母親の息子が雷に打たれて死ぬまでの家族は綺麗で、非の打ち所がなくて、母親の愛は全メンバーに向けられていたのです。
けれど彼の死後その愛情にガタがくるシーンがあります。
それは精神を壊した母親が、父親側の息子に「何であなたじゃなかったの?」と問う場面。
それはないだろう!と憤りを感じるも、綺麗事でなく血の繋がりって何なんだろう、と嫌でも考えさせられました。
兄の死で家庭内の複雑さを加速させた彼らですが、私が本作を痛快だと感じたのは、彼らが不幸を纏いガードを固めるのでなく、それぞれのやり方で死んだ兄、残された両親との折り合いを付けているところです。
みな、ものすごく強い。
それは傍にいる母親が不幸を全力で浴びて、周りの彼等には悲しみを味わう余裕すら与えなかったからかもしれません。
特に私は両親共の血を唯一受け継いだ、一番下の娘・千絵に強く感銘を受けました。
彼女はそもそも兄の死をほとんど覚えていないから、そのぶん客観的に家庭を見渡せている感がある。
けれど死や別れには敏感で、その人間味を併せて「そうそう、人ってこんなにも弱いよな!」と納得させられました。
あともう一つ痛快と感じたのは結末。
この家族は兄の死と母親の崩壊に対する一つの結論として、「死んだ兄の誕生日を祝う」計画を企てます。
弔うのでなく、共に年を取る。
このリスキーなイベントをきっかけに家族は何か変わるのか、それは是非読んでのお楽しみにしていただきたいですが、一つ言えるのは決してハッピーエンドでないということ。
死はそんなに甘くない、大切な人を想う気持ちはそんなにも軽くない、
かなり、死に対してネガティブな内容です。
養老孟司さんの言葉を借りれば、「二人称の死」に遭遇したときの人間の弱さみたいなものを剥き出しにしている。
大切な人がいなくなることに対して、心では身構えていても、それが現実に起こったときに何が起こるか、それは本当に分からないことなのだ。
『死の壁』の潔さはものすごくかっこよかった。
けれど、山田詠美さんの描いた対極の意見も真理で、心をぶち抜いてくれるかっこよさがありました。