『暗い夜、星を数えて』 / 彩瀬まる
★ × 86
(内容紹介)
3月11日、恐ろしいほどの暗闇の中で25歳の小説家が見たものは。衝撃の手記。
ひとりで東北を旅行中、私は常磐線の新地駅で被災した。命からがら津波を逃れ、見知らぬ人の家で夜を明かした次の日、原発事故を知らせる防災無線が飛び込んできた――情報も食べ物も東京へ帰るすべもないまま、死を覚悟して福島をさまよった五日間。若き女性作家があの日からの被災地をつぶさに見つめた胸つまるルポルタージュ。
『あの人は蜘蛛を潰せない』での表現力に圧倒され、個人的には文句なしで2013年新人賞を与えさせていただきたい彩瀬まるさんですが、本作は小説ではなく手記。
3.11の時に偶然にも福島を一人旅している最中に被災し、文字通り命懸けで生き延びた彼女が、その後2度に渡り福島を訪問し、見たこと感じたことを綴ったノンフィクションです。
無意識に避けていたのかもしれませんが、ここまで克明に当時の現場、避難所を描写している読み物を読んだのは初めてでした。
田口ランディさんの『サンカーラ』や大友良英さんの『シャッター商店街と線量計』などは、あくまで「東京」視点で切り取られたものであって、避難所でしょっぱいおにぎりを貴重に食したりするリアリティーは衝撃。
物書きとして非常に表現力豊かな分、より伝わり方が濃い気がします。
特に苦しかったのが原子炉の爆発があったとき、1度情報が伝えられたにも関わらず「誤報」と済まされ、その2時間後に改めて爆発を知らされたシーン。
放射能という見えない恐怖が蔓延し、息をするのも躊躇われる苦しさを描いた箇所は、胸が下から押し上げられるような圧迫感を味わいました。
本書は少し特殊で、例えばまさに被災地に住んで、これからも住み続けていく方が綴ったものでは無い。
普段は東京に住んでいて、震災を機に被災地に関わるようになった活動家の本でも無い。
著者の彩瀬さんは震災当日に正にその場所で被災して、けれど帰る家は東京にあるという立ち位置です。
だから当然生まれるのは「罪悪感」。
例えば被災地から離れるとき、己は原発から離れた安全な土地へ帰る、それは当たり前のことだけれど、どうしても「私は被災者を残していくんだ」という苦しみに苛まれる。
現地の人の気持ちには真には寄り添えず、けれど決してただの第三者では無いから、関わり続けていきたいという思い。
けれど、それが驕りなんじゃないかと過る。
そういったやるせない、解の無い渦巻いた感情が、本書ではぐるぐるぐるぐる回っています。
これを読んで何が善悪で誰が悪くて被災者は可哀想とか、もうそういった答えは一切なく、本当にただ、彩瀬さんの感情垂れ流し状態の手記です。
じゃあなぜこれを彩瀬さん以外の読者が読むのかというと、その意味はあとがきに書かれていました。
傲慢や不明を承知でそれでも書かせて頂こうと決めたのは、私が見たもの、聞いたものをなるべく克明に書き起こすことで、被災していない地域の方々にも現地の衝撃を少しでもお届けできるかもしれない、かなしみを、ほんの一部でも共有できるかもしれないと、そう思ったからです。
(中略)
本書がわずかなりとも被災地とそれ以外の地域の心理的段差を埋める踏み石の一つとなれば、なによりの幸いです。
このように書かれている著者彩瀬さんですが、その意志は十分すぎるほど、私のような被災地以外の地域に住む人間に伝わってきました。
非常に悲しいですが、是非広く読まれてほしい作品であります。