- 作者: 村上龍
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2001/09
- メディア: 単行本
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『最後の家族』 / 村上龍
★ × 97
内容(「BOOK」データベースより)
引きこもりを続け家族に暴力を振るう二十一歳の秀樹。援助交際で男と出会う女子高生の知美。若い男と不倫をする昭子。会社からリストラされる秀吉。過酷な現実にさらされ崩壊へと向かう内山家。一人ひとりはどうやって生き延びていくのか?家族について書かれた残酷で幸福な最後の物語。テレビドラマ化もされたベストセラー、ついに文庫化。
ひっさびさの村上龍。
実は本好きの友人に『心はあなたのもとに』めっちゃいいですよと言われ貸してもらったものの、死んだ恋人の手記を読み返すという展開に疲れ、丁度その頃知的な読みもの体験がしたい謎の時期だったこともあり、途中でやめてしまいました。
こういった経緯もあり、『心~』を読み終えない限り次の村上ワークスに進められない、という縛りを感じていたのですが、何気なくこっちを読み始めたら止まらなくなったので、そのまま読み終えました。
すばらしく良かったです、今年一番かもしれません。
父秀吉、母昭子、息子秀樹、娘知美の4人家族がメイン。
息子秀樹が引きこもりで、秀吉と昭子に暴力を繰り返し、ドアの隙間に挟むメモで食事の要望などをやりとりしているという描写から物語は始まります。
母昭子は秀樹を助けたい一心で、精神科やカウンセリングに通い、引きこもりの母親としてどうすべきか救いの言葉を外に求める日々。
父秀吉はそんな家族を元通りにしたい気持ちはあるものの、不況で傾いた会社で家のローンや教育費の支払いのストレスが心の大部分を占め、昭子や秀樹の言葉に耳を傾けられない。
娘秀美は高校3年の受験生であるが、そんな3人の家族、というか自身を含めた4人の家族を最も俯瞰的に見ており、一見ギャルなのに根が物凄く良い女の子。
この小説はドラマ化されていますが、「あぁ、いかにもNHKのスペシャルでありそうな、やりやすそうな設定だな」という構成で展開されていきます。
秀樹は普段、昼夜を逆転させ、壁一面に黒い紙を貼って外界と隔離された自分の部屋にこもっています。
ある日、秀吉に買ってもらった高価なカメラで、何気なく外の世界をのぞいていると、男が女を殴っている場面を目にしてしまいます。
それは隣に住む、柴山という夫婦間で起こっているDVでした。
これをきっかけに秀樹は法律を学ぶようになり、どうやったら柴山の奥さん(ユキ)を救うことが出来るか悩み、徐々に外の世界に目を向けるようになります。
一方で秀吉と秀樹との距離は遠のく一方で、ある日秀樹は口論の末、秀吉を2階から突き飛ばし大ケガをさせてしまいます。
秀吉は大事には至らなかったものの、昭子の提案で、しばらく家を離れホテルで住むことにします。
決して心の強くない秀樹は己を悔い、何とか父に、そして母に自分を認めてほしい、恥じないでほしいという気持ちが強くなり(*この辺はっきりとした描写は無いので、あくまで私の感じ取った部分です)、ユキを助けるために外に出ます。
という、一般的なヒューマンドラマが家族4人の視点から繰り広げられていきます。
1つ、構成として面白いのが、Aという場面を秀樹の視点から描いた後、再びAという場面を今度は秀吉、昭子、そして知美の視点から再描写していくところ。それが繰り返されるところ。
だから常に四者四様の気持ちを理解しながら読み進められ、「この時彼彼女はどういう感情だろう」という含みを一切持たさず、一つ一つ納得しながら読めるのが意外に良い。
この効果により、まるでもう一人の家族の一員であるかのように見守る体勢にいつの間にかなっていました。
んで、私が最も最も、もしかしたら今年の読書において最も響いたんじゃないかって感じたのが、文庫本でいうところの299 - 304頁、ユキを助けるために秀樹が向かった弁護士事務所の弁護士である内山という女性と秀樹の会話シーン。
著者村上龍さんの、本書での一番の主張と思われる場面です。
秀樹がユキを助けたいという思い、もう少し拡張すると、人が人を救いたいという一見善そのものであるその行為について、内山はこう述べます。
そういう風に思うのは、他人を支配したいという欲求があるからなんです。
そういう欲求がですね、ぼくがいなければ生きていけないくせに、あいつのあの態度はなんだ、という風に変わるのは時間の問題なんですよ。
他人を救いたいという欲求と、支配したいという欲求は、実は同じです。
そういう欲求を持つ人は、その人自身も深く傷ついている場合が多いんです。
そういう人は、相手を救うことで、救われようとします。
でも、その人自身が、心の深いところで、自分は救われるはずがないと思っている場合がほとんどなんです。
自分が救われることが無いという思いが、他人への依存に変わるんです。
これ、まあここだけ切り取るとあぁそうかというだけなんですが、本作での一連の流れ、例えば秀樹に対する昭子の対応だったり、秀樹が家族に対して感じていた申し訳ないという思いだったりが全て前振りや伏線となって、この内山の一言で全部浄化されるような構成になっているんです。
(そんな核の部分お前がバラすなよって話ですが…いや、ほんとに感動したんでどうしても)
特に秀樹の中で、母昭子の存在というのが実は最も支えになっていた、ということがこのすぐ後でわかるんです。
けれど昭子は秀樹に対し、何かをしてあげたとか、具体的な行為は実はなく、昭子は秀樹のそばで、ただ一生懸命自立して自身の人生を生きていた。
秀樹はそれを見て、知らず知らずに救われて殻を破ろうとしていたということに気づきます。
著者自身のあとがきにもありますが、よく映画や歌詞で頻出する「守ってあげたい」というテーマ、蔓延するその意味がどうもズレて捉えられている感のある世の中に疑問を呈し、これに対し村上さんの考え方を主張したいというのが本作の発端なのかなと思います。
私自身は言葉する能力はありませんが、その「ズレ」を見事に言葉に表してくれた、というのが感想です。
見事、もう見事でした!!
他の村上作品と違い暴力描写も性描写もかなり希釈されていますが、アブノーマルでない真正面の手法で描かれた村上作品もやっぱり素晴らしく、すいませんナメてましたという気持ちでいっぱいです。
本当に良い読書でした、全ての方にお勧めです。