『あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ』 / 菊池成孔
★ × 92
今となっては「思い出すのもウンザリ」するほど豊かだった、05年から10年までに渡り、菊地成孔が『kamipro』に実質上の連載としてほぼ毎号、休刊まで行っていた伝説のインタビューを落としなしの完全パッケージ。
PRIDE、ハッスル、DSE帝国、谷川黒魔術、桜庭救済論、秋山バッシングへの反対論陣、果てやツイッター論まで、連載中は格闘技ファンから無視し続けられた予言に次ぐ予言。
しかしそれは数年、一切何の役にも立たなかった事が一読で解る異形のインタビュー集。
内容(「BOOK」データベースより)
私は懐古主義でもないので、K-1とPRIDEが全てだという石の上に座り込むこだわりもなく、スポーツ化した今のUFCにも、芯の部分は「世界でいっちゃん強え奴」を決める競技であることに変わりない点に共通して魅せられ続けられています。
けれど去年たまアリでシウバの壮絶なKO劇を目の前で見せられた時、そしてついこないだのUFC FightNight 33 でマークハントに「Fight of the Century(今世紀最大の試合)」とまで呼ばれる殴り合いを見せられた時なんかは、
「やっぱPRIDE、最高ー!!」
とかなっちゃうんですよ。笑
そんな記憶が染みついた人に共通しているのは、本作で取り上げられている05年から10年という、格闘技バブルが生まれ、ハジけるまでのその時代に対し、思い出したいような思い出したくないようなアンビバレントな気持ちを持っていることだと思います。
そしてそんな栄光と影の季節を、菊池成孔さんという聡明な批評家にぶった切られることが怖かった為、私は2013年上半期に出版されたこの本を半年間避け続けてきました。
しかし、もう耐えれませんでした。笑
こんなにも魅力的なタイトル、買わずに済ますワケにはいかんだろ!!
ということで年の瀬にやっと購入。
自慰的文章、懐古的オジサンになること覚悟で、誰得なレビューを長々記しておきます。
(以下、レビューと個人的な思い出語り)
本書は格闘技雑誌「kamipro」に連載された菊地成孔さんの対談を集めたもの。
なので基本的に話し言葉で、普段の哲学チックで難しい菊地さんの文章よりは数段読みやすいです。
また、タイトルからすると総合格闘技一辺倒な印象を受けますが、半分くらいはボクシングやプロレスの話なので、「格闘技全般」を網羅する内容です。
05から10年の私個人としてはk-1とPRIDEしか追っていなかったので、知らないことが多く新鮮でした。
で、内容紹介にもあります菊地さんの「予言」についてですが、
確かに05年までのPRIDE全盛期当時に「DSE(PRIDEとハッスルの運営母体)は消滅する」と警鐘を鳴らしていたのは菊地さんくらいなんでしょうし、少なくとも私はPRIDEが今のフィギュアや女子バレーのような扱いを受けると信じて疑わなかったので、こういう予見ができたのはスゴいなぁと思います。
ただ何事も栄枯盛衰、それは例えばアップルは後退する、Facebookはハジけて無くなると言うようなものだとも思いますし、別にDSE崩壊の予言が本書の肝じゃないし、その文句を帯に持ってくるのはちょっと違うんじゃないかと感じました。
それよりも私が面白かったのは、菊地さんの思う日本の格闘技についての議論。
まず、格オタとは言え、当時から菊地さんが必ず観ていたのはUFCとアウトサイダーだけというオンリーワンっぷりがもうアガる(特に後者。笑)
だからより俯瞰的に格闘技を捉えてる様が描かれています。
終盤に出てきますが、何事においても日本は国外に「日本にはこんないいものありまっせ!」と打ってでるのが非常に下手だそうです。
そして同時に、ドラマチックな煽りVや地上波編集を含め、幻想を抱かせるのが非常に上手だと。
だからPRIDEが最強だと確信していた時代の後、五味も藤田もミルコも日沖も青木も小見川も世界に通用しないことを痛感させられて、そこで初めて気付くんです、「井の中の、蛙!」と。
このアピール精神の欠如っぷり、けれど菊地さんの、それこそが「クールジャパン」だという一言だけで救われます。笑
純粋な世界最強が観たい、モンスター路線や芸能人のお茶濁しは観たくない、と表面上では言うものの、なんだかんだいってやっぱり日本の笑いあり涙ありのイベントが好きだったりするんですよね。
プロレスなんて正にこの嗜好性の権化だし、実際外国人のファンにもPRIDE最強論者はいるわけだし、それを菊地さんに正当化されたのは純粋に嬉しい。
あと、私個人としてはほとんど馴染みのないプロレスについて。
測定値は実測値ですが、実際にその力を試合で出してるかどうかはまた別の話だと言うところがプロレスの奥深いところであって、そもそも格闘技全般は、本気でやったら殺せちゃうような力を持ってる人間が殺さないようにやってる訳ですが、中でもプロレスは一段階意味が深い。
その技の威力を空想でしか実測できないところが、複雑な構造を持つプロレスの醍醐味ですよね。
この文章を読んで私、今とてもプロレスを生観戦したくなっています。
プロレスの議論になると、ヤオだガチだとその他の格闘技と線引きしてオシマイになるのですが、考えてみればレスナーだって藤田だって、プロレスをバックボーンとする選手は基本的に根が強い。そして何より、魅せる。
本気で殴って本気で避けりゃいいだけの競技と違い、プロレスの奥深さは観たことが無い者には語れませんね。
うーん、1回本気で生で観なきゃいけない…
…や、これはレビューというより、読みながら私が五味×川尻やヒョードル×ミルコやノゲイラ×ミルコやノゲイラ×サップや魔娑斗×KIDやハント×バンナやシウバ×ジャクソンやジョシュ×ノゲイラやシウバ×藤田やショーグン×アローナや三崎×秋山や…
あぁ、もうとにかくかつて確かに心震えた、今思い出すだけでヘソの上辺りがヒヤッと感じるほど熱かったあの夏を思い出してしまったという自慰的文章でした。
92点という点もその辺の個人的経験で盛られた感がありますので、格闘技に全く触れたことのない人にとっての92点であるかと言われると疑問が残ります(決して万人向けの本ではないので)。
けれど1つ言えるのは、私のようなライト層とは言えK-1やPRIDEで年を越したような人たちにとって、本書は何かしら感じるものを与えてくれる筈です。