『暗号解読<下>』 / Simon Lehna Singh
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内容(「BOOK」データベースより) 当時最強を誇ったドイツ軍の暗号機はいかにして破られたのか。「戦争の世紀」が「情報の世紀」へと移り変わるなかで、数学者たちの攻防は続く。RSA暗号、PGP暗号、量子コンピュータ、量子暗号…。ネットや銀行を始め、知らずに我々の周囲に溢れる暗号技術の現在と未来、歴史の背後に秘められた人間ドラマを解き明かす傑作ノンフィクション。巻末に「史上最強の暗号」とその解答を収録。
下巻は戦時中から現代まで。
ヴィジュネル暗号やエニグマといった「アナログ的」に難解な暗号がCPUパワーに依った力業で解読されてしまい、無線通信の発達に伴って「デジタル」的な暗号を模索し始めた時代です。
何といってもハイライトは第VI章「アリスとボブは鍵を公開する」。
「神は愚か者に報いたまう」「公開鍵暗号の誕生」「最有力候補――素数」までの流れは喉が震えました。
これは著者サイモンさんの文章力の効果も勿論ですが、「公開鍵」という実際に起こった有り得ない発想の転換劇、これ自体が面白すぎる。
上巻で、紹介されては複雑さを増していった暗号技術。
これらは現代のコンピュータを以てしてもすぐには解けない程場合の数が大規模なものです。
なので戦時下において譬え傍聴されたとしても、解読にかかる時間内にミッションを遂行すれば良いという考えで暗号技術は運用されていました。
ただしこれには「鍵配送問題」という大きな問題を抱えていました。
下記に、近代までの暗号の概念を、ザッックリ(ええ、それはもう、本当にザッッックリ)説明します。
設定は暗号理論を語る場での定石に倣い、
情報発信者:アリス (仲間)
情報受信者:ボブ (仲間)
情報傍受者:イヴ (敵)
とします。
1.
まず、アリスはボブに”meet at noon.”というメッセージを送りたいとします。そのままではイヴに傍受され会合がバレるので、暗号化しなければなりません。
2.
ここでは『ヴィジュネル暗号』を用います。これはあるキーワード(以下、「鍵」)を基に文章を暗号化する方法です。例えば鍵を「tacbook」に設定すると、
元の文:M E E T A T N O O N
鍵 : T A C B O O K T A C
------------------------------------------------------------------
暗号文: F E G U O H X H O P
と暗号化されます。
3.
アリスはボブに暗号文「FEGUOHXHOP」を送信し、ボブはこれを受信します。(同時に、傍受しているイヴも受信します)
4.
このままではボブもイヴも何のことかサッパリ分かりませんが、もしも「tacbook」という鍵を知っている者がいれば、同様にヴィジュネル暗号の対応表を用いて復号することができます。
5.
そこでアリスは諜報員を遣って、予め鍵をボブに伝えておきます。ボブは諜報員から貰った鍵を使って暗号文を復号し、アリスのメッセージを理解します。
一方、鍵の内容を知らないイヴは力ずくで暗号文を解読しなければならず、二人のやり取りをリアルタイムに知ることが出来ません。
上記1~5が、鍵を使った情報伝達方法です。
ここでは暗号化にヴィジュネル暗号を用いましたが、他にも方法は数多く存在し、アリスとボブは取り決めた鍵を用いて、然るべき方法で暗号・復号化するという流れは共通しています。
が、ここで問題となるのが、鍵の内容を伝える「諜報員」の存在。
日々、多くの情報をやりとりしなければならない状況下において、都度諜報員を遣って鍵を運ぶにかかる時間とコストは計り知れません。
更に無線通信技術が急速に発展した時代において、もはや鍵を運んでいる時間の余裕など無くなってしまいました。
けれど、一体「鍵」の存在なくして、どうやって情報を伝えればよいのか。
鍵を使わずに情報を送信するということは、文章を書いた紙をアタッシュケースに入れ、 鍵をかけたままボブに渡すということです。
ただしそのケースは、通信においてはイヴの手にも渡るということであり、これではボブとイヴが自力でアタッシュケースを開けることとなり、ボブだけに伝えることは不可能です。
この問題はなんと、
「アリスが全世界に鍵を公開する」
という全く逆転の発想で解決されてしまったのです。
…長くなったので、公開鍵についてはまた別に書きます。