『月と雷』 / 角田光代
★ × 86
内容(「BOOK」データベースより)
不意の出会いはありうべき未来を変えてしまうのか。
ふつうの家庭、すこやかなる恋人、まっとうな母親像…「かくあるべし」からはみ出した30代の選択は。最新長篇小説。
『八日目の蝉』以来ひっさびさの角田さん。
物語は二人の男女の視点で語られます。
男は智と言い、母親の直子と二人で生きてきました。
直子と行きずりの男との間にできたのが智で、智を生んでからも直子はいろんな男の家に転がり込んでは次の男の家へ移り住む生活をしており、智も学生時代はそのお陰で転校する日々。
けれど智自身はそのことをさして憤っておらず、流れるままよと諦念して生きてきた人生。
女は泰子といい、かつて父親が直子を拾ってきたこともあり、一時期直子と智と同じ屋根のしたで暮らしていた経験のある女性。
そんな二人が大人になって再開するところから物語は始まります。
展開は特に起伏もなく常時ダウナー。
特に二人の目線から語られる現在の直子は未だに転々とする生活をしており、実の息子の智に愛を注ぐでもなく、ただある男の家のある場所で働きもせず延々と酒を飲んでいるだけ。
思春期を転々とさせられた智、家族崩壊を余儀なくされた泰子は当然直子を厄介な存在として描写しています。
終盤までそれらの描写が続くので、読んでいてイライラするし、言いたいこともよく分からんし、そもそも直子は何を思って生きているのだ?と投げたくなりました。
しかし本作は最後まで読むことで意味を為す小説。
ハイライトは終盤の、それまで実体を潜めていた直子目線で急きょ語られます。
ずっと智と泰子の視点のまま終わると思っていたので、とてもびっくりしました。
この数ページで直子が、なぜ次々男の家に転がり込むことができるのか、息子の智についてどう感じているのか、それまで生ける屍でしかなかった直子の存在が一気に地に降りてきます。
特に直子が男を惹きつける理由、それが個人的に昨年読んだ村上龍さんの『最後の家族』に出て来た、人が人を助けることについての思想に近いもので、正直退屈だった小説が様変わりしました。
『八日目の蝉』然り『紙の月』然り角田さんの原作が映像化しやすいのって、登場人物の感情の表裏が良いタイミング(本作の場合8割くらい進んだあとようやく)で明らかになるから、特に映画監督がデフォルメせずとも小説そのまんま盛りで映画的だからなのかもしれません。
暗い、けれど最後まで読めば報われる小説でした。