『問いのない答え』 / 長嶋有
★ × 90
内容(「BOOK」データベースより)
震災発生の三日後、小説家のネムオはネット上で「それはなんでしょう」という言葉遊びを始めた。一部だけ明らかにされた質問文に、出題の全容がわからぬまま無理やり回答する遊びだ。設定した時刻になり出題者が問題の全文を明らかにしたとき、参加者は寄せられた「問いのない答え」をさかのぼり、解釈や鑑賞を書き連ねる。そして画面上には“にぎやかななにか”が立ち上がる―ことばと不条理な現実の本質に迫る、静かな意欲作。それぞれの場所で同じ時間を過ごす切実な生を描いた、著者四年振りの長篇群像劇。
芥川賞作家で粘り気の濃い~作品を書いている噂は聞いていましたが、ふと魅力的なジャケが気になって手に取りました。
面白かった!物語としてというより、新感覚の小説という意味で面白かったです。
ネムオという小説家、及び彼のTwitterのフォロワー達の話。
彼らはTwitterを通じて「それはなんでしょう?」というゲームに興じる。
例えばネムオが「何と言う?」とだけ書き込んだとすると、フォロワーはこの問いの前半部分を予想し、「好きです。」などと回答する。
この問いは予め全文が存在するが、後段部分のみ明かし、全文はフォロワーの答えが一定数溜まったのちに明かされる。
だから当然ちぐはぐな文章が出来上がるが、フォロワー達は出来上がった文章についても議論して楽しむ…というゲームです。
この物語、核となるのはTwitterで繋がる人物模様で、顔も本名も知らない人々が、共通のゲームを通じてコミュニケーションを図っている。
Twitterそれ自体は現代小説で度々テーマとなってるし特に新規性はないのですが、
非常に興味深いのが視点の移り変わりに関する手法です。
とにかくたくさんの人物が登場するのですが、異なる登場人物に視点が切り替わるタイミングが非常に分かりにくい!不親切!笑
通常、空行やアスタリスクで区切ることで視点が替わりましたよと読み側に示してくれるのが一般的ですが、本作はそんな親切心なく矢継ぎ早に視点が移っていくので、慣れない内は「あれ、今誰目線のシーンだっけ?」とワケわからなくなります。
世に言う速読術って、全うなルールに乗っ取った文章に対し効果を発揮できるワザだと思いますが、多分本書は池上彰さん以てしても速読できないと思います。
じゃあ、なんでこんな手法を採っているのか。
おそらくですが、この小説全体がTwitterのように、矢継ぎ早にタイムラインにコメントが溢れる(本書の表現は「積み上がる」)情景を表現しているのかなぁと感じました。
全く異なる地域と人間関係で生活する各々の悩みや不満を、タイムラインという共通プラットフォームに無機質に投げかける感じ。
それがそのまま小説で体現されている。
1度そう解釈してしまうと、そののちは一見不親切な構成が物凄く緻密なものに見えてきて、一気に読み切ってしまいました。
で、タイトルの『問いのない答え』についてですが、これは前述の通り勿論「それはなんでしょう?」における、先に答えを明示したのち問いを明かすゲームのことを指していますが、
同時に作品の中にも、問いのない答えが出てきています。
例えば震災直後、仕事も友人も置いて遠くへ逃げた行為や、反原発デモに参加する行為について登場人物が考えを巡らせています。
これら文字通り問いのない答え、数学で言えばNP困難という、「答えがあるかどうかすら分からない問い」に該当するような問題について要所要所で触れていきますが、
それらに対し著者は著者なりの考えを登場人物の言葉に乗せて主張していて、その主張が非常にソリッドで面白い。
決して答えが出ない点、田口ランディさんの『サンカーラ』と同じくもどかしさを感じることもありましたが、終盤に出てくる「いずれかの意見が正しいとかでなく、いずれかの意見を正しいと主張することが正しい」という主張に現れているように、こうして問いのない答えを考え続けることに意味があるのかなと感じました。
たまにでいいですけれど、これからも読みたい作家がまた増えて嬉しいです。