『THE TWO DAYS IN JULY』/ 植本一子
メリーゴーランド京都の店長さん一家を2日間に渡って撮った写真展が開催されたタイミングで同時に出た植本さんのZINE。ちょうど植本さんご自身にも会えてお話もさせてもらったが、今回書き方が変わったとおっしゃっていた。それは読んだあとわかったが、今回はデイリーの日記が1万字以上あり、数千字/dayだった過去作品と比べると、情景描写も心情描写もより緻密に潜り込むような書き方になっていた。それは滝口悠生さんと共著で出された往復書簡の影響が大きいとのことやったが、個人的には過去作よりも更に好きなスタイル。もちろんこうやって自己の内面を振り返って掘り起こす作業って自傷行為みたいなものやろし、まして植本さんの場合精神的に不安定だという状態を掘り起こすからそれは苦しい行為なんやろうと想像付くけど、その姿勢に救われる人は間違いなくいるし(俺自身も背中を叩かれた感覚)、出版ペースを落としてでもこういった日記をまた読みたい!と思わせてくれるような文章やった。
『PINK』 / 岡崎京子
「「マンガは文学になった」とまで言われた、岡崎京子代表作。」と仰々しく帯にあるが、これが連載されていたのが今から32年前の1989年ということを思えば、少なくとも女性漫画家という括りの中では言い過ぎではないな、、そう読後に感じる程にはヤラれた。
家にワニを飼っているホテトル嬢の主人公・ユミちゃんが、ハルヲくんと恋に落ち、母親を殴り、最後恋人と死別するという話。レタッチ前なの?と思うくらいシャッシャッと描いたような線で、けれど喜怒哀楽はきちんと伝わってくる絵のタッチが好きだなぁというのが読み始めてからのファーストインプレッション。
けれど、飼っていたワニが母親によって殺されてカバンにされてしまってからのラスト50頁くらいを読んだのちは、あぁこの人の真髄は絵以上にプロットなのかな、、と唸るような感覚やった。読んでしばらく経った今でも大まかにしか理解できてないが、母親を殴ったり恋人が死んだりするのは岡崎京子さんの混沌とした内面を表す上でのメタファーやったんやろかと考えたくなっちゃう、読んだ人と喋りたくなっちゃうようなそんな作品(と勝手に考察しつつも、実はそういった深い意味は全くない気もしてくる不思議)。何度も言いたくなるが、こんなにもビビッドな作品が、幽遊白書やスラムダンクが連載開始される更に少し前の1989年に描かれていたというのが驚きで、ニッポンのMANGA力を改めて2022年に思わされた。近所の本屋に他の岡崎作品もいくつか置いてあったので読んでみる。
『凛として灯る』/ 荒井裕樹
『まとまらない言葉を生きる』の荒井裕樹さん著。『まとまらない~』がかなり読みやすいエッセイだったためか、障害者文化論などの専門家だったことを全く知らず、今回も面白そうなエッセイだなと手に取ったが、内容は米津知子さんという方の人生を追った作品。米津さんは1974年に東京国立博物館で開かれた『モナ・リザ』展にてスプレーを噴射した女性で、作中でもまずその事実が語られたのち、米津さんの生い立ちを追っていくという構成。
米津さんはポリオに感染して右足首が不自由な障害者であり、女性解放を掲げたウーマン・リブの運動家でもあった。一方でモナリザ展は開催側から「混雑のため障害者や老人・赤ちゃん連れは観覧を遠慮するように」というお達しがでたことから、女性及び障害者の立場からの抗議の意味でスプレーを噴射したという。
今から50年も前に今のフェミニズム運動の流れに繋がる活動をされていた方々が日本にいたことを学べただけでも、もう自分の中では作品として十分立っている。けれど本作の真髄はモナリザ展よりもさらに遡って描かれる米津さんのストーリーであり、特に印象的だったのは、障害者団体である「全国青い芝の会」とウーマンリブとの争い。米津さんは女性という立場でありながら障害者という立場も持ち、双方の主義を理解しつつも争わされているという構図。根本的に悪いのはこの排他的なシステムなのに、マイノリティ同士がぶつかる構図になってしまっているというその矛盾がなんともやるせなくてしんどかった。
障害者には机や座布団が必要だという基本的な知識さえない者たちと、共闘などできるのか。まして自分たちは今、国家権力を相手に生命の尊厳をめぐる戦いを挑んでいる。リブの女たちは本当に障害者とともに生きる決意を備えているのか。「青い芝の会」からリブに向けられた批判の底には、そうした不信感があった。
障害児か否かに関わらず、安心して子供を産めない社会状況がある以上、まずはそうした社会を取り返さねばならない。自分たちの運動の歩みと、青い芝の会から寄せられた批判と、両者を突き合わせてリブ1つのスローガンにたどり着いた。「産める社会を!産みたい社会を!」
単にモナリザにスプレーを吹きつけた女がいるという事実だけを切り取った140文字以内の世界と、こうやって生い立ちから遡ったうえで事実を知ることができる書籍の世界とあって、後者が好きでよかったなと思える一冊。名著です!