『降伏の記録』 / 植本一子
★ × 96
内容(「BOOK」データベースより)
末期癌の夫は手術によって一命をとりとめたが、半年後に転移がみつかる。繰り返される入退院のなかで育っていく子どもたちと、ときおり届く絶縁した実家からの手紙。そしてある日、わたしは夫との間に、決定的な“すれ違い”があることに気がついたのだ…。生きることの痛みと歓び、その先に拡がる自由を鮮やかに描く「生」の記録。
東京の友人に頼み込んで、名前入りのサイン本購入。
しばらく執筆活動を休むそうなのでこれが最後かもしれない、と不安と期待モリモリで読みましたが、本当に素晴らしい読書体験でした。
西加奈子さんの『サラバ!下 - bookworm's digest』読んだ時もそうでしたが、一人の文筆家が作品を通じて「私は書きたいこと、書ききった!!!」と感じさせてくれる作品でした。
また、個人的にエッセイでそれを感じたのは初めてでした。
『家族最後の日 - bookworm's digest』から引き続き、旦那であるECDが癌に苦しむ描写、二人の娘を抱え日常に苦しむ描写が多い著者視点のエッセイです。
前提としてエッセイ、なので基本的には著者植本さんが「なにを買った、どこへ行った」という事実ベースの文字量多めで、合間合間に心情描写が挟まれているという構成なのですが、
前者の事実ベースの文章、これがまずかなり面白いというのが今までの植本作品と違うところでした。
『かなわない - bookworm's digest』も『家族最後の日 - bookworm's digest』も、印象に残っているのは「そこまで言うかよ一子さん!」という、著者のオープン過ぎる心情描写の怖いもの見たさ、というのがどうしてもあるのですが、
本書はそこ以外の日常描写が本当に上手くて、写真家でなく作家としての表現力も広がっているような印象を受けました(だから欲を言えばもっと書いてほしい、、)。
んで一方の心情描写、これまでの作品同様オープンな植本さんが見られますが、
今回、最後の数十頁に「白いページ」として記された文章、これが槍のように降り注ぐもので、もう既に物議を醸しているだろうし、これまでのファンを裏切る、いくとこまでいってるものでした。
けれど私にとってはこの数十頁が、これまで30年生きてきて人並みに読書してきたけれど、ここにきて読書に対する新たな概念を植え付けてくれるようなものでもありました。
植本さんは、旦那であるECDに対し、
いなくなってほしい
と思っていることが書かれています。
それまでも別の男と寝たり理不尽な要求を押し付けたりと、スレスレアウトな妻っぷりが散々出てきたその後で、いなくなってほしいと思っている自分の感情、そしてその事実をECD本人に打ち明けたことが書かれています。
それまでは貪るスピードで読んでいた私でしたが、この章はすぐには消化し切れずページをめくる手が止まりましたし、「それは違うだろ一子!」と憤りも感じましたし、思わずアマゾンのレビューやツイッターで調べましたし、
とにかくこれまでの熱を裏切りかねないものだったので驚きました。
けど時間を置いて冷静に、やっぱりこの数十頁は素晴らしいと感じたのは、
植本さんの作品は一貫してそうですが、
人が言葉に表せない心情、
或いは言葉に出したとしても世の中には届かない立場、
それを、作家という世の中に届けられる立場である植本さんが言葉に表して世の中に届けている、
そこに大きな意味があるのだ、と思えたからです。
川上未映子さんの『きみは赤ちゃん - bookworm's digest』もそうでした。
特にエッセイは人間そのものを描くジャンルだから、フィクションである小説よりも圧倒的に重みがある一方で、
作家の方はこれからも人に見られながら読まれながら生きていくから、どうしても取り繕って良い格好した自分をエッセイの中で味付けてしまうのかなと素人ながらに思うのですが、
本作のラスト数十頁はそういった人の目、これからの見られ方、それを越えて出てきた言葉のように感じました。
だからこそ、(作中に出てくる周囲の友人も言っていますが、)植本さんの作品に救われる読者はたくさんいると思います(しかもその、救われ方というのは「泣いてすっきり!」とかいう短絡的なものじゃなくって、なんと言うか生活丸ごと変えてくれるような重さ)。
本作だけを読んでも、著者のすごさ・この作品のすごさは十分世の中に届くのではと思います。というか届け!!みなさん、植本さんに是非是非濡れてほしいと思います。