『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』 / 林奕含
至る所で紹介されていたものの、一度絶版となり入手困難だった本書が白水社のUブックスとして復刊されたことを知りジャンピング購入。刊行2か月後に著者が自殺するというアフターエピソード込みで話題となった『楽園』『失楽園』『復楽園』の3部作からなる長編小説。解説含め、本編読んだあとにいろいろと、考えれば考えるほど分からなくなる作品で、文字に起こせない難しさはありますが頑張ります。
幼馴染である13歳の房思琪と劉怡婷、そして20歳の伊紋の3名の女性の物語。同じ高級マンションに住み、交流のある仲の良い3人だが、房思琪は下の階に住んでいる国語教師に5年もの間強姦され、伊紋は夫からの日常的な家庭内暴力を受け、流産までさせられている。
というストーリーからも、そしてこれを書き上げた著者が2ヶ月後に自死するというノンフィクションからも分かる通り、描かれる内容はどこまでも残酷であり、特に『失楽園』における、5年かけて心身を壊されていく房思琪の様は見ていて苦しさしか無い。
けれど一方で、苦しい描写の中に度々現れる美しい文章に救われるような感覚が多々あり、苦しくも読みやすい作品になっているのが不思議。
房思琪が、時間と空間を行き来するだけで何も変わらない己の日常を「シャトルラン」という比喩で見事に表現する文章
彼女の時間はまっすぐには進まない。彼女の時間はシャトルランの時間だ。マンションからホテル、ホテルからマンション。(略)わたしが最初に死にたいと思ったとき、実はもう死んでいた。人生は衣類のように、こんなにも簡単にはぎ取られてしまう。
といった、文学とも哲学とも言える高尚さを感じる。訳者あとがきで、原文は著者の文学知識がふんだんに詰め込まれたかなり難解な文章だったとあるが、そこは訳者の力量で素晴らしい日本語作品となったと思う。
最終章である3章は『復楽園』というタイトルから、てっきり残された劉怡婷と伊紋の逆襲の物語に転じるシスターフッドものかと思いきや、最終的には結局権力者が肯定される世の中が描かれている(終わり方の胸クソ悪いこと、、、!)。それもまた、連綿と続く脱しようのない地獄を表しているようだし、幼馴染が障害を負った原因が自分にあると責める劉怡婷に伊紋が語るシーンは、本書のハイライト。
忍耐は美徳じゃない。忍耐を美徳にするのは、この偽善の世界が、その歪んだ秩序を維持する方法。怒りこそ美徳なのよ。あなたは怒りの本を一冊書くこともできる。あなたの本を読める人はすごく幸せよ。実際には触れることなく、世界の裏側を見ることができるのだから。
ケイト・ザンブレノ著『ヒロインズ』を読んだ時も、表現する・抗う手段として文章を書けという終盤のメッセージに心打たれたが、本作も同様やった。3人が最終的にどうなったかが描かれないまま終わったし、その中でも房思琪の幼馴染の劉怡婷は、伊紋の言葉を受けても尚、自分を赦さないような気もする。けれど、権力者が肯定されるこんな世の中でも、劉怡婷含む3人の人生がプラスに向かうことを願います。
多くの問いが投げかけられる問題作、おすすめ!読んだ人と是非話したい作品。