『脳のお休み』 / 蟹の親子
百万年書房の新刊。この出版社の本はなんだかんだ、『せいいっぱいの悪口』から全て購入してる。今回もタイトル・装丁・著者名ともに、買わざるを得んだろというセンスの塊(そして帯が滝口悠生さん!)。下北にある「日記屋 月日」の初代店長が著者のエッセイ。
いわゆる雑文というスタイルの文章で、著者の生活の情景が離散的に、時に毒づきながらも、基本的には「とある事象が起こった」という事実が淡々と描かれていく。なので中盤まで、好きなスタイルであるものの、エッセイの割にあんまり著者のことが見えてこんなぁという印象やった。初めて読んだ著者やったんで掴みどころがなく、どこか掴める取っ手が欲しい、、と思いつつ読み進めてました。
ただ中盤以降、弟がある日突然病気で車椅子生活を余儀なくされたエピソードや、著者が婚約者のTさんと上手くいかず精神科に通院するエピソードになってから、一気に引き込まれた。
さっき書いたように、あまり心情そのものにフォーカスされずに俯瞰的に出来事が描かれるもんやから、辛い時間もともすれば淡々と過ぎていってしまうように見えてしまってたけど、自分の正直な心情を数は少ないながらも確実に掬い取って言葉に落とし込んでいくのが凄くうまくて、平熱な淡々さと見事に強弱がついてる。
精神的に参ってて、一日中寝込んでて、処方された薬も飲まないまま、という、描こうと思えばどこまでも陰鬱なものに成りかねないその日常も、恣意的か無意識かはともあれどこか第三者的に捉えることで読みやすくもなっている。感情や物事の良し悪しを採点していくのではなく、ただ「これがあった」という、ドラマ『アンナチュラル』でいうとこの「レモンありますね」的普遍性とでも言うような文学を感じられて、暗いながらもとても興味深く読めました。