『わたくしがYES』 / 松橋裕一郎
素晴らしい、素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしかったーー!
こういうエッセイを待ってました。少年アヤさんが本名で書いた書き下ろし作品。
東京で男性パートナーと過ごす著者が、病気になった祖父の介護をするため実家に1ヶ月間帰り、祖父はじめ家族や恋人と向き合った記録。
著者の家族のエピソードを読みながら、たびたび自らの家族のことを思う、そういう読書やった。著者は決して仲深くも疎遠でもないどこにでもありそうな家族であり、それは自分と似たような温度感なんで、本書は別にみんなが終始仲良くてお涙たっぷりのファミリーヒストリーでも無い。けれど著者の、ノンバイナリーで生きてきたが故の俯瞰的で繊細なタッチで描かれる家族個々人が目の前に迫ってくるようなリアリティを持ってて、それがやがて自分の家族について否が応でも思い出させる、そんなパワーがあった。
普段は自分視点からしか見えにくい家族というヒエラルキーが、祖父の死を前にして一人一人"個"が立っていく様が特に素晴らしい。
祖父視点から見ると、おばあちゃんは妻であり、父と母は息子及び義理の娘であり、著者と妹は孫である。
母が拗ねたり、父がなめことしめじを誤って買ってきたり、おばあちゃんがアベノマスクでたこ焼き器の油を拭いたり、妹の夫が猪と戦ったり、そういったあまりにどうでもよい"生"が強く描かれてて、だから死が、残された家族にとって必ずしも不幸を残すだけではなく、それ以上の意味を持つということを教えてくれた。自分自身も昨年祖父を無くしたが、悲しみだけじゃないめっちゃポジティブな生も感じたので、それを言語化してくれたようやった。
おじいちゃんは、平凡でありつづけた人だった。それは偏屈にさえ見えるほどに。だが、いざというときには、溜め込んでいた力を発揮して、わたしたち家族を守ってくれる。必要なときに、必要なぶんしか見せてくれないから、すごくわかりづらいんだけれど、それがおじいちゃんなりの愛情だったにちがいない。
