素晴らしい読書体験でした、、オールタイム・ベスト。
『帰りたい』 / カミーラ・シャムジー
『本の雑誌』2022ベストで紹介されていた作品。ロンドンに住むムスリムの3人兄弟の末っ子がイスラム国(IS)に参加する小説。5編からなっており、各編は三兄弟に加え、彼らの恋人やその親の計5人の視点で、ムスリムやIS周りの事象について語っていく作り。全体の1/5読んだ辺りから一気に熱を帯びていき、そこからはのぼせたように駆け抜けて読み切りました。
まず『金正日の誕生日』を読んだ時と同じように、自分がどこまでも無知であること思い知らされた。ISの構造や役割そのものについても初めて知ったし、無下に「悪の組織」の烙印だけで、その中に今回参加したパーヴェイズのような急進派になってしまう子どもがいると言うことも考えたこともなく、
そしてもっとミクロなことで言うと、姉のイスマが入国検査で2時間徹底的に調べられるという、ムスリムの方が当たり前のように直面している生きづらさも、こうやって文に起こされるまで想像したこともなかった。
ムスリムは世界の22%を占めるらしく、更に本書に出てくる3人兄弟のようなイギリスに住むムスリムの割合は、イギリスの人口の7%を占めるらしい。世界では、当たり前のように旅行もできず仕事にも就けない人の割合の方が高い。こういったことを動的に流れていくニュースやSNSで見聞きするのではなく、本という形で静的に示すことがいかに大事かということを、海外文学は伝えてくれる。それを改めて痛感した。
本書の特にすごいのは、現代社会の家族と信仰の対立というリアリティを描きつつ、エンタメ小説として見事に成り立ってる点。各章の終わりは、良質なミステリーかの如く伏線を貼ってバン!と終わりを告げる。また、イスラム国に参加した弟のパーヴェイズ視点の3章がとにかく圧巻。一見幸福そうに見えるISの生活の中に流れる絵も言えぬ気持ち悪さ、そして章を跨いで知らされるパーヴェイズのその後という時間方向の切り方も、フィクションとは言い切れないフィクション小説でこんなにも読み物として心躍るものがあるのかと感動した。
世のトレンドも反映されている。(ガッツリネタバレするが)パーヴェイズはISからの脱走を図る過程で殺されてしまうが、遺族であるイスマとアニーカは被害家族どころか加害家族の扱いとなり、父親のことや恋愛のことを全てマスコミに明かされて誹謗中傷を受ける。そして最後、残されたアニーカと、(それが誰だかはっきり明示されてはないがおそらく)恋人が受ける最も悲しい仕打ちのシーンも、カメラが入っていて全世界に配信されている。これも昔ネットで見た、ISが日本人ジャーナリストを殺害する配信を想起させた。
「事実は小説より〜」と言うけど、本書では成り立たないように感じた。帯にある英オブザーバー紙のコメント
『答えが知りたくて、私はこれまで専門家と意見を交わしてきた。でも、小説の方がいいヒントをくれそうだ。』
という評がまさに表してる。平和な日本で、本書を読む価値はいつだって高いと思います。
今この場所から、この想像の世界にどうすれば行けるのかがわからない。わかっているのは、全員で何か方法を見つけない限り、絶対にそうならないということだけだ。