『人生ミスっても自殺しないで、旅』 / 諸隈元
大学卒業後、7年間実家に引きこもって小説を書くも全く実らず、全財産40万円を握りしめて欧州を1ヶ月旅した著者自身の紀行文。
抜群のユーモア、面白かった!
俺自身は普段、旅をしたいとか世界遺産見たいとか思わない人間なので、紀行文ってあんま楽しめた経験がないけど、本書を読んだ今は不思議と旅って良いものだと思ってる。
勝手な偏見として、旅に行ったら価値観が変わるぜとかっていうその言説に対し、いやそれ言いたいだけやろ、それができる自分の財力と感受性に酔ってるだけやろ、みたいに思ってしまうんやけど、本書にはそれがない。
それはきっと著者諸隈さんが、なんの飾りもなくありのままのダメダメな姿を曝け出してるからやと思う。
とにかく特徴的で面白い点は、著者の敬愛する哲学者・ヴィトゲンシュタインのファクターがところ狭しと出まくってるところ。覚えてるところで言うと「アスペクト変換」。普通にネットで調べても
「『心理学の哲学』と名づけられた一連の草稿に現れる知覚および想像に関わる概念であり、一般にある対象の見方、相貌を・・・」
みたいに煙に巻く解説しか出てこんけど、諸隈さんのフィルターを通すと見事に噛み砕かれたものとしてスッと入ってくる(しかもユーモアたっぷりで)。
貯金も保険も年金もなく、職歴もない無職の三十歳童貞。その現実は変わらないが、それを「人生ミスった」と見るか「人生これから」と見るか、見方によって世界も人生も変わってこよう。
あと言語ゲーム(言語はそれ単体では意味が確定するものではなく、日常の中で言葉をゲームのようにやり取りする中で、その意味を確定していくということ)、これもこれ自体がそもそもまずめちゃ興味深いし、
ヴィトゲンシュタインに傾倒しまくった諸隈さんの文章からも言語ゲーム的哲学が滲み出まくってるのがすごい。
世界は優しかった。僕が思っていたよりずっと。引きこもる間に、独りで想像していたよりも。
旅先で出逢った人々のおかげで、僕は自殺を思いとどまった。そう言うのは簡単だが、そう簡単な話でもないと思う。そういう「美談」と言う認識を通した瞬間、あたかも全てが説明されるような誤解を生みたくはない。そもそも全てを言葉で説明することはできない。
そう考えると本書でたびたび出てくる、読者をイラつかせるような逡巡(「〜することにした。辞めた。」「〜できた。できなかった。」みたいな)もすべて「言葉にした瞬間に意味を持ってしまう」ことに対する恐れみたいなものに思えてくる。
紀行文として、笑える文章として、ヴィトゲンシュタインの入門書として、
そして自殺志願者を救う可能性のある作品としても読めるとても良書。おすすめです!